「あ…」
カカシが手を伸ばす。ふわり、と舞い落ちてきた雪がひとひら、カカシの手の上で淡く消えた。
「寒いと思ったら…初雪ですね。」
隣を歩くイルカがカカシに微笑みかけた。カカシは消えた雪を握り込むようにして手を伸ばす。
「ねぇ、せんせ、初雪に願いをかけるとかなうって。」
黒髪の恋人は優しく笑った。
「ロマンチストですね、あなたは。」
それからカカシの手を両手で包み込んだ。
「何か願い事を?」
「うん…」
立ち止まったカカシは、己の拳を包んでいるイルカの両手に頬を寄せた。
「ひとひらの雪よりはかない忍の身ではあるけれど…」
フッと目を閉じ、カカシは柔らかい声で言う。
「イルカ先生、あなたとの永遠を。」
「カカシさん…」
ふわり、ふわりと雪が舞い落ちてくる。手を取り合う二人の忍を優しく包んで舞い落ちる。
「イルカ先生…」
己を包む両の手にカカシはそっとくちづけた。
「愛しています、あなたを愛しています。」
誓うように、祈るように何度も押し当てられるカカシの唇。
「どうやったらあなたに伝えられるだろう、オレのこの胸の内に燃えさかる永遠の愛をあなたに。」
目を上げたカカシは濃紺の瞳でじっとイルカを見つめた。
「一万年と二千年前からあなたを愛している…」
ハッとイルカの黒い目が揺れた。
「オレも…」
潤む瞳でイルカはカカシを見つめ返す。
「一億年と二千年後まで愛している…」
「イルカ先生…」
雪が舞う。夕刻の鈍色の空からまるで祝福のように純白が降ってくる。
「……カカシさん」
「イルカ…」
「うっざっ。なにあれ、うっざーっ。」
吐き捨てたのは黒髪の美しいくノ一、隣には髭の上忍と暗部の後輩が途方に暮れた顔で突っ立っている。
「今度は初雪かよ、ったく、ネタにはことかかねぇな。」
うんざりとタバコの煙をふかす髭の上忍に黒目がちな暗部の後輩は大きく頷いた。
「先週は枯れ葉でした。里内清掃で落ち葉掃除した時です。」
髭の上忍は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「あ〜、運命の嵐に翻弄される落ち葉のような身の上ってな。オレァもう金輪際、風遁なんざ使わねぇよ。」
「うざっ。」
黒髪のくノ一がまた吐き捨てた。
「そういえば先輩、個人年金に加入してましたけど。」
「財形貯蓄もやってんぞ。」
「僕、こないだ読み終わったからって、「引退忍の快適ライフ」って本もらいました。」
「永遠の愛だけあって老後の対策万全だな…」
「うざっ。」
やってられない、と黒髪のくノ一、夕日紅は頭を振った。
「アタシ、任務行ってくる。」
ハタと思い当たったように髭の上忍、猿飛アスマも踵を返す。
「オレも任務、急いで貰ってくるわ。」
黒々とした目を見開き、暗部の後輩は身を強ばらせた。
「ちょっちょっと待ってくださいよ。」
「うるさいわね、急がないとアイツのノロケがはじまっちゃうでしょ。」
「オメェも早く離脱しねぇと、捕まったら最後だぞ。」
せかせか立ち去ろうとする二人にテンゾウは追いすがった。
「オレ、待機なんです。そんなお二人、まさかオレだけ置いていくなんて…」
「よかったじゃねぇか。」
悲鳴をあげる後輩に、アスマは顔だけ振り向きニッと口元をあげた。
「大好きな先輩との触れ合いタイムだ、嬉しいだろ?テンゾウ。」
「それとこれとは別っ…って、マジ、お二人、任務行く気ですか〜っ。」
あと数分もすれば夜勤の恋人を受付所に送ったカカシが、足取りも軽く上忍待機所へやってくるだろう。そして居合わせた者は間違いなく、延々ノロケを聞かされる。それこそ、黒髪の恋人が勤務を終えるまで延々と。
「今夜はネタがわかってんだし、なんとかなんだろ。」
「ひとひらの雪から永遠のノロケね。」
おっほっほ、と笑う美貌のくノ一が悪魔に見える。
「そっそんなぁ〜。」
テンゾウは本気でおののいた。このままだと自分の方がひとひらの雪のごとく儚くなりそうだ。相変わらず恋人達は、受付建物の入り口を塞いだまま熱く見つめ合っている。建物に入れず途方に暮れた人々の後ろで、二人の上忍はどろん、と消えて影もない。テンゾウは絶望の声をあげた。
「勘弁してくださいよ〜〜。」
一人残されたテンゾウの上に、ただただ雪が舞い落ちる。静かに、優しくテンゾウを包む。穏やかな、雪の木の葉の夕暮れだった。
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