ぽっけ、ぽっけ、魔法のぽっけ、火影様のマントは魔法のぽっけ
アカデミーで不思議な歌が流行っていた。イルカは首をひねる。
「カカシさんのマントが魔法のぽっけってなんだ?」
このことに気がついたのは木の葉丸がきっかけだった。用事をすませて本部棟に帰る前、昼食をとろうとしていたらすでに中忍となった木の葉丸とばったりあった。ラーメンおごってくれよコレ、という無邪気なお願いにうなずいて一楽ののれんをくぐったイルカは妙なことを聞かれた。
「なぁなぁ、イルカ先生は補佐官になったから知ってるんだろうコレ」
「何をだ?」
「だからぁ、六代目様のマントの下だよ〜」
「は?」
チャーシューをくわえたままきょとんとなる。
「六代目のマントの下?」
「そうそう、あれってどうなってるんだコレ」
「どうなってるも何も、普通の忍服のアンダーだが?」
そう答えれば木の葉丸が不服そうに口を尖らせた。
「そんなわけないぞ。イルカ先生、六代目をかばってるんだコレ」
「かばうもなんも、マントの下なんて普通の服だろうが。そりゃ巻物やクナイは仕込んであるけど」
「違うんだコレーーー」
なのに木の葉丸はブンブンと首を振った。
「もしかしてイルカ先生も知らないのか?」
「だから何をだ」
「イルカ先生」
すっと声を潜めてくる。
「六代目のマントには魔法がかかってるんだコレ」
「はい?」
「あれは魔法のポケットなんだコレ」
魔法?忍術じゃなくて魔法?
「ぶっ」
魔法って、すでに中忍になってるのに魔法を信じてるって
「だぁーっははははは」
「笑うなってコレーーー」
「いやだって、わははははは」
「あー、信じてないんだコレ、って、なんで一楽のおっちゃんまで笑うんだコレーー」
笑い飛ばしてしまったが、木の葉丸があまりに真剣だったので引っかかりが出来てしまった。なにせ自分は公に認められた六代目火影はたけカカシの伴侶だ。毎朝支度は自分がしている。用意しているのは普通の忍服のアンダーだ。それが何故魔法のポケットなどという話になるのか。
「うーん、誰かに聞いてみるか」
腕組みしてイルカは唸る。だが忙しさにそのまま忘れてしまった。
翌日の午後、イルカは手が足りないと言われ久しぶりに受付カウンターの中に入った。年度末はどこも忙しくて戦争なのだ。
「わ〜、イルカ、久しぶり久しぶり」
「お前を六代目事務に取られちゃって大変なんだよー」
「年度末だけでいいからさぁ、お前、こっち戻ってこれね?」
受付の同僚達に両手をあげて歓迎された。カウンターに入ってみると、確かに以前より格段に忙しい。木の葉の領土が広がり急速に経済発展している影響かもしれない。
「…もう少し人、増やせないか進言してみるよ」
「頼むぅぅぅ」
泣きそうな同僚達と必死で事務仕事をこなし午後三時半、ようやく休憩がとれた。3月半ばとはいえまだまだ春は浅い。受付所の中ではストーブがたかれ、やかんがシュンシュン湯気をあげていた。そのやかんのお湯でイルカはお茶を入れる。皆、ストーブの回りに集まった。事務局長が机の引き出しから菓子折りを出してくる。
「はいはい、皆さんおやつどうぞ」
「おー、事務局長、あざっす」
「局長、まるで火影様の魔法のポケットみたいですねー」
「えっ」
お茶を配る手を止めた。昨日の木の葉丸の言葉が蘇る。
「ソレだソレ。ソレ聞きたかったんだ」
「うぉ、なんだイルカ」
「火影様のマントが魔法のポケットってやつ、ソレってなんなんだ?」
同僚達が目を瞬かせる。
「え、お前、知らねぇの?いっつも六代目様と一緒なくせ」
「有名だぞ?火影様の魔法のぽっけ」
「いや、知らねぇし!」
どん、と急須をテーブルに戻しイルカはいそいそとストーブへ戻る。
「昨日木の葉丸に聞かれたんだ。六代目のマントの下はどうなってるのかって」
「あーそれな。オレも不思議。マジどうなってんのアレ」
「リアル魔法のポケットなんてはじめてみた」
「オレもオレも。なんでも出てくんの」
「あれってイルカが仕込んだんじゃねーの?」
「だから知らねーし!」
ぶんぶんと首を振れば、皆、感慨深く言った。
「じゃあやっぱ、火影様のマントは魔法のぽっけだったんだー」
「違うからっ」
全力否定するとしょっぱい顔をされた。
「うみの補佐官ってロマンないー」
「子供の心失っちゃってるよこの人」
「やだやだ、いつからこんな子になっちゃったんでしょうね、イルカ君は」
やいのやいのと囃し立てる同僚達にイルカは最大限の渋い顔をした。
「だから何がどうなってんのかって。具体例出して説明してくれ」
どうやらここにいる全員が魔法のぽっけから何かもらったらしい。促せば皆、嬉しそうに話し始める。
「オレさ、こないだ喉痛くてさ、喉さすりながら仕事してたんだよな。そしたら六代目がいらっしゃって、あれ、君喉が痛いのってマントの下からのど飴だしてくれてさ」
「オレなんてそろそろ花粉症ではじめたってのに薬飲み忘れてさ、しかもティッシュきれちゃってヤベェ、でも受付所、混み始めるって焦ってたら六代目がな、はいってポケットディッシュいくつか出してくれたんだ。でさ、この薬効くからって鼻炎カプセルまで」
「私はハサミでしたな。書類を切ろうとしてハサミが見つからなくてね、そうしたら居合わせた六代目様がはい、とハサミをマントの下からお出しになって」
事務局長まで言い始める。
「私は絆創膏いただきました。紙で指きったら六代目様がはい、これ使ってって」
女性事務員も加わってきた。嬉しそうな顔で言う。
「なっなんだその微妙な魔法…」
あっけにとられたイルカに、しかし全員が言った。
「でもすっごく必要なものばっかりだったんだ」
「すげー助かったんだからな」
「まさしく、六代目様のマントは魔法のポケットの名にふさわしい」
イルカはただぽかんとするしかなかった。
だが、同じことを言うのは受付職員だけではなかった。あちこちで似たような話が聞こえてくる。トドメはアカデミーだ。
「私、転んで泣いてたら火影様が絆創膏くれたの。それでね、イチゴアメももらったんだ。痛くないよって、これは痛くなくなるアメだよって。そうしたらホントに痛くなくなったんだよ」
「私も火影様にアメもらった。私のはね、寂しくなくなるアメ、パパとママが任務に行っちゃっても大丈夫だよって。無事に帰ってくるようおまじないしてあるアメだからお留守番も寂しくなくなるよって。だから大丈夫だったんだ」
「オレさー、火影様から魔法の石もらったんだぜ。それ使ったらマジで石切りの記録、倍に伸びたんだ。みんな羨ましがってさー」
「私は四葉のクローバーいただいの。ずっと探してたら六代目様が通りがかってはいって」
ここまでくるとたしかに『魔法のポケット』だ。たいしたものではないが、必要なものばかり。ちょっとだけ心があったかくなるようなものばかり。
「は?魔法のポケット」
「はい、あなたのマントの下は魔法のポケットなんだそうです」
「えええ?」
この話、当の本人が一番驚いた。
「魔法って大げさな」
「でもみんな言ってますよ。大したものじゃないんだけどその時はすごく必要で助かったって」
「いや〜、そう言われるとねぇ」
火影屋敷に戻ってマントを脱ぎながらカカシは頭をかいた。
「オレは単にセンセの真似をしただけなんですけどね」
「は?」
マントをうけとりハンガーにかけながらイルカは目をパチクリさせた。
「だってほら、アカデミー時代の先生って、ベストのポケットになんでも突っ込んでたじゃないですか」
「あ〜、そう言われてみるとそうでしたか」
確かに、教師をしていると絆創膏は必須アイテムだしアメだの一口チョコだのもらってりするしでイルカのポケットは巻物ではなくそういう様々なものでいっぱいになっていた。
「覚えてない?まだ付き合ってない頃だけど、深夜、オレが任務から帰還したらさ、センセってば顔色悪いからこれでも舐めてくださいってイチゴのアメくれたんだよね」
「え…そうでしたか?」
「そういうの、新鮮でさぁ、なーんかここの辺りがポカポカしてきて」
カカシは自分の胸をとん、と叩く。
「言ってみればまぁ、嬉しかったわけですよ」
へへへ、と笑った。
「今のオレはもう巻物とか暗器を仕込む必要はあまりないからね。だから代わりに色んなもの、入れてみたの。先生の真似して」
みんな喜んでくれたんならよかった、とカカシは嬉しそうに言う。
「でもハサミとか…」
「あぁ、あれは単に置きっぱなしのハサミ見つけて、事務局長さんがキョロキョロしてたからこれ探してたのかなぁって渡しただけ」
「……四つ葉のクローバーは」
「女の子が草むらにかがみこんでる時ってたいてい四つ葉のクローバーでしょ?サクラがそうだったし」
「石は…」
「あぁ、あの子、頑張ってたけど石のチョイスがね、石切りは石の形がものをいうから」
要は観察力か…
ちょっと崩れ落ちそうになる。カカシはきょとんとしたままだ。
「ははは…」
「え?」
「いえね」
イルカはそっとカカシの手を引いた。その頭を優しく胸に抱く。
「あなたはいい火影様ですねぇ」
「え?え?」
イルカの真似をしたというカカシ、自分がしてもらって嬉しかったことを人にもしてあげたいだなんて、この人は本当に優しい。
「木の葉はいい火影様を得ましたよ」
ポンポンと銀髪をなでる。
「イイイイルカ先生」
「はい」
「まだ夕方ですけど珍しくも先生からのお誘い、このはたけカカシ、全力で期待にこたえ…ふがっ」
「飯食いますよ、ほら」
スタスタとイルカは部屋を出る。カカシの火影就任と同時に一緒に火影屋敷に引っ越したが、風呂と飯がついているというのは最高だ。
「カカシさんが火影引いたとき、オレ、自炊に戻れるかなぁ。一度楽しちまうとなぁ」
「イルカせんせぇ〜〜〜」
バタバタと追いかけてくる足音がする。今夜はご褒美に優しくしてやるか、イルカはこっそり笑みをこぼした。 |