「それにしてもすごい量ですねぇ。」
カカシは小分けにした駄菓子を小さな袋にせっせと詰めながら言った。
「アカデミーの教師は恰好のターゲットなんですよ。」
菓子を詰める作業の手を休めることなく、イルカが答えた。今日はハロウィン、アカデミーの子供達に配るための小袋作りをカカシはイルカの家で手伝っている。コタツに入ってお茶など啜りながらの作業なので、カカシはそれなりに楽しい。
「オレ達がガキの頃はこんな行事、なかったですけどね。まぁ、時代が時代でしたが。」
平和な証拠、と呑気に言う恋人にイルカは顰めっ面をした。
「何言ってんです。菓子会社の陰謀ですよ、陰謀。俺達大人がまんまとしてやられてるんです。」
子供の喜ぶ顔は好きだが、菓子会社の商戦に乗せられているのがイルカは気に入らないらしい。案外と気むずかしくて頑固な質なのだ。くつくつとカカシは肩を揺らした。
「ったく、固いんだから、せんせーは。」
「悪かったですね。」
袋詰めをあらかた終え、イルカは新しいお茶を入れに台所へ立つ。
「トリック・オア・トリート、いたずらするよ〜。」
小さな菓子袋を指で摘んで、カカシがどことなく嬉しそうに言った。
「大人のいたずら、なんてベタなこと、言わんでくださいよ。」
急須を持って入ってきたイルカが呆れたように釘をさす。
「あ、ばれた?」
「イチャパラ仕様ですからね、アンタの頭ン中は。」
はは、ひどーい、とカカシは新しく淹れたお茶を口に運びながら笑った。
こうして一緒に過ごすようになってもう一年以上たつ。
ナルト達七班が縁で知り合った二人はいつしか恋に落ち、今ではほとんど同棲状態だ。だが、意外なほど二人が恋人同士だということは知られていなかった。別に隠しているわけではない。親しい友人達は皆知っている。ただ、恋人になる前から頻繁に行き来していたのと、木の葉崩しの動乱で生活が落ち着いていなかったことが重なって、傍目には親しい友人同士と思われているらしい。いちいち説明するのもめんどくさいうえ、人の噂など全く気にしない二人なので、今までは適当にお茶を濁してきた。
そろそろ恋人宣言でもするかねぇ。
ただ、カカシは最近、そう思っている。きっかけは、イルカへの縁談だ。里が落ち着くにつれ、結婚適齢期のイルカに持ちかけられる見合いの話がぐんと増した。階級が中忍ともなれば、里の中ではそこそこエリートだ。しかも、イルカはアカデミー教師であり、里の中枢に近い仕事を兼任している。前線にでる中忍にくらべ、殉職の可能性が低いこともあり、ここのところ、縁談が引きも切らない。なまじな上忍などより、よっぽど人気があるのだ。
そうでなくても、この人、イイ男なんだから。
カカシは目の前で菓子の小袋をがさがさと大きな紙袋に移すイルカを眺めた。整った男らしい顔をしている。背も高く逞しい。快活なこの人は結構モテる。女だけでなく男にまでモテる人なので、さっさと「自分のもの宣言」でもしておかないといつ悪い虫がつくとも限らない。
ベッドの中の色っぽいイルカ先生はオレだけのもんだし〜。
自分の下で喘ぐ艶っぽい姿を思い出し、カカシはへらりと鼻の下を伸ばした。とたんにピシリとおでこをはじかれる。
「あてっ」
「何スケベなこと考えてんです。」
「うわ〜、イルカ先生、以心伝心〜。」
えへへ、とカカシは嬉しげに笑う。こうやって和やかにイルカと過ごす時間は至福だ。そんな幸せな時間だというのに、コツコツと窓を叩くものがある。
「げっ、五代目の伝令鳥っ。」
カカシが嫌そうに顔をしかめた。イルカが窓を開けると、さっと中へ入ってくる。
「え?カカシさんじゃなくて、俺?」
イルカへの呼び出しだった。
「またなんか、書類わからなくなったんだな…」
イルカはため息まじりに、ポン、と消えた鳥の後を眺める。
「三代目だけじゃなく、五代目の秘書みたいなことやってるからですよ。」
ぶっとコタツでむくれるカカシに眉を下げ、イルカはしかたなく忍服に着替えた。
「なるべく早く帰ってきますけど、カカシさん、もうすぐ子供達がまわってくると思うんで、俺のかわりにお菓子を配ってくれませんか。」
「え?」
カカシは目を丸くした。
「オレが出ていいの?」
「何を今更。」
イルカは可笑しそうに笑う。
「くつろいでる写輪眼のカカシにお菓子貰うっていうのも、いいもんですよ、子供達にとって。」
「は?」
「あ、でも、口布だの額宛だのして出ちゃダメですからね。びっくりして逃げ出されても嫌ですから。」
「はぁ…」
いまひとつピンとこない顔で、ぽけっとコタツに座っているカカシにイルカはくすりと笑いを零した。なんだかんだいっても、写輪眼のカカシは里のヒーローなのだ。本人、いたって呑気なので、自分が憧れの上忍だという自覚がまったくない。
「…そろそろ俺のモンだって宣言しとこうかなぁ…」
じっとカカシを眺めていたイルカがぼそりと呟いた。
「え?何です?」
「いーえ、何でも。」
じゃ、お願いしますね、とイルカはバタバタと出ていった。
イルカが出かけた後、カカシはむむむ、と考え込んだ。今、カカシは当然だが、口布も額宛もしておらず、トレーナーにスウェットパンツという、くつろぎまくった恰好をしている。素顔のまま出ていって、これが写輪眼のカカシだと気づく者はいないだろう。だが、イルカのかわりに出ていけば、子供達は「誰?」と聞くにきまっている。
「恋人、って答えちゃったり…」
いや、待て、子供相手にそりゃマズイだろ、オレっ。
カカシは自分に突っ込みつつ、なんだか浮き浮きした気分になるのを押さえられない。別に特別秘密にしているわけではなかったが、イルカはごく自然に、カカシに代わりを頼んだ。
それって、世間様にオレ達の関係を公表しましょうってこと?
くふくふとコタツで一人悦に入る。
「さ〜て、問題はガキどもだよ。何と答えようかねぇ。」
頭を捻るが良い考えも浮かばないうち、子供達が回ってくる時間がやってきた。小さな気配がいくつもイルカのアパートに向かって来ている。
「おっと、準備準備。」
カカシは菓子の入った紙袋を玄関口に運んで、ドアに色画用紙で作ったカボチャランタンの絵を貼り付けた。いくばくもしないうち、元気な声が響いてくる。
「トリック・オア・トリートォ。」
「お菓子くれなきゃいたずらするぞコレ。」
「あ〜、はいはい、いたずらは勘弁。」
カカシがドアを開けると、それぞれにお化けの恰好をした子供達が立っていた。カボチャだのミイラ男だのに混じって暗部姿があるのはいささか複雑な気分だ。
「誰だ、コレ。」
先頭のお化けがきょとんと言った。三代目の孫の木の葉丸達が一番乗りらしい。
「イルカせんせーんちじゃねーのかよ。」
鼻水たらした暗部が顰めっ面した。
「イルカ先生は急なお仕事が入ってね。はい、お菓子ね、お菓子。」
カカシは紙袋から菓子の小袋をとりだし、一人一人に渡した。子供達は恐る恐るそれを受け取る。
「お菓子渡したから、いたずらはなしだよ。」
にこり、とカカシが笑うと、木の葉丸がいきなりあ〜っ、と大声をあげた。
「写輪眼のカカシだコレ。」
「えええーーっ。」
「うそだぁっ。だって顔あるじゃん。」
顔あるって、何だと思ってるわけよ、オレのこと…
カカシがちょっと遠い目をしている間に、子供達は大騒ぎをはじめた。
「なんで写輪眼のカカシってわかるんだよぉ、木の葉丸ちゃん。」
「じじいとメシ食ってるのを何度か見たことあるんだコレ。」
そういや、三代目のとこで飯をたかっているとき、覗きにきていたな、このガキ。
「でもイルカ先生んちに写輪眼がいるって変だぁ。」
「そーだそーだ、イルカ先生んちだぞ、ここ。」
「なんでイルカ先生んちに上忍がいるんだよぉ。」
ちっちっち、とカカシは指を振った。
「上忍とか関係ないの。オレとイルカ先生はとぉっても仲良しなんだぞ。」
さすがに同棲してます、とは言えなかった。えへん、と胸をはってみせると、子供達はわけのわからぬ嬌声をあげながら駆け去っていく。
「か〜わいいもんだねぇ。」
くつくつ笑いながら、カカシは小さなお化け達の後ろ姿を見送った。
それから間を置かずに、いくつもの小さなお化け達のグループがやってきて、カカシはにこにこと菓子を配った。木の葉丸からの伝令が飛んだらしく、揃いも揃って「顔がある、顔がある。」だの「たらこ唇じゃねぇぞ。」だのと騒ぎながら菓子を受け取った。
たらこ唇っていうのはナルトのせいだな。
今度みっちり搾ってやろう、カカシは金髪の教え子の顔を思い浮かべた。今頃自来也に鍛えられているはずの教え子を思い出すと、自然と顔がほころんでくる。
ワイワイと大騒ぎする子供達の嵐が通り過ぎ、紙袋の中身もほぼなくなって、カカシはようやくほっと息をついた。とにかく、子供達というのはものすごいパワーだ。
あんなの毎日相手しているアカデミーの先生達ってすごいねぇ。
今度、お茶うけでも差し入れようか、と心底思いつつ、居間へ戻ろうとした時、大勢の気配が殺到してくるのを感じた。殺気はないものの、なにやら鬼気迫るものがある。カカシは眉を顰めた。
子供じゃない…
訝しげにドアを見つめているうちに、ピンポンピンポンとドアチャイムがけたたましく鳴らされた。
「トリック・オア・トリート。」
「トリック・オア・トリート。」
黄色い声、女達だ。カカシの眉間にますます皺が寄った。何故イルカのところへ女が。不機嫌丸出しでドアを開けると、はたしているわいるわ女達、それぞれ仮装をしているが、どれもこれも悩殺ファッションというのはどういうことか。カカシを見ると、女達は黄色い声をあげた。
「トリック・オア・トリートっ。」
「きゃああっ、トリック・オア・トリート〜っ。」
「あのねぇ、ここはパーティ会場じゃないし、家は子供達用のお菓子しか…」
どさどさと箱詰めの菓子だのプレゼントだの花束だのにカカシの言葉は遮られた。
「トリック・オア・トリート、ハロウィンはぁ、大人のお化けが気に入った人間にプレゼントする日なんです〜っ。」
「受け取ってくださ〜い。」
「ちょっ…何なの」
アンタら、イルカ先生の何、という言葉は女達の騒ぎにかき消された。
「いや〜ん、手にさわっちゃったぁ。」
「次はアタシよぉ。」
きゃあきゃあとかしましい。女達はプレゼントをカカシの手に押しつけると、嵐のように去っていった。
「……なっなんだ、あれ…」
呆気にとられたカカシが玄関口に突っ立っていると、すかさず第二陣が襲ってきた。ネコだのうさぎだのメイドだの、どこのキャバクラだというような恰好の女達がすさまじい勢いで迫ってくる。
「トリック・オア・トリートーーーっ。」
「アタシが先よっ、トリック・オア・トリートっ。」
どんな戦場でも過酷な任務でも、冷静に対処し切り抜けてきたカカシだが、生まれて初めて物事に対応できないという事態に陥っていた。呆然と突っ立ったままのカカシの両腕にプレゼントや花束が積まれる。あまりのことに、カカシは両手を封じられるという上忍にあるまじき失態をおかしているのにも気づいていない。そうしてカカシが我に帰る暇も与えず、次々に仮装した女達のグループが来襲し、山のようなプレゼントを置いていった。中にはあきらかに既婚で妙齢のご婦人グループや、シルバークラブのご婦人グループ、あまっさえ若い男や強面のグループまでおり、カカシはますます混乱した。ようやく、イルカのアパートに静けさが戻ったのは時計の針が十時を指そうかという頃で、玄関には山積みになったプレゼントとその中でへたりこんでいるカカシのみが残されていた。
綱手に呼び出されたイルカが帰宅したのは、もう十一時を少しまわった時間だった。
「ただいま。カカシさん、子供達は…」
玄関を開けたイルカはそのままぎょっとなる。そこには鬼のような形相のカカシが仁王立ちしていた。
「イルカ先生っ。」
「カ…カカシさん?」
カカシはむんずとイルカの腕をとると、居間へ引っ張っていく。
「そこっ、ちょっと座ってっ。座りなさいよっ。」
すさまじい剣幕だ。イルカはベストを脱ぎながら大人しく卓袱台の前に座った。何を怒っているのか知らないが、これは逆らわないほうが得策だ。カカシはイルカの向かい側に正座すると、ビシッと指を鼻先に突きつけた。
「アンタっ、オレというものがありながらっ。」
ふるふると指先が震える。
「あの女どもは何ですかっ。」
「は?」
イルカはぽかんとカカシを見つめた。カカシはそんなイルカにますます激昂する。
「くの一から一般人まで若い女がぞろぞろとっ。」
「はぁ…」
「あきらかに既婚女性のグループもいましたよっ。」
どん、とカカシは卓袱台を拳で叩いた。
「シルバークラブの婆さん達までならいざ知らず、あっあの男どもっ、アンタ、いったいどこで何やったんですっ。」
どこで何をって、真面目にアカデミーに出勤して受付業務までこなしてるけど…
心でそう思ったが口には出さない。首を捻りながらカカシを見ると、それがまたカカシの逆鱗に触れたようだ。
「まだしらばっくれますかっ。あれを見なさい、あれをっ。」
指さされた玄関をよくよく見ると、あるわあるわ、花束とプレゼントの箱の山。
「なっなんだ、ありゃあ。」
素っ頓狂な声を上げたイルカに、カカシはこめかみをひくつかせた。
「知らないとは言わせませんよ。子供達のグループが終わった途端、女どもが押し掛けて来たんですからねっ。」
「えぇっ?何でっ、いや、俺は…」
「言い訳は聞きませんっ。」
カカシはバン、と卓袱台に両手をついた。
「ハロウィンにかこつけてアンタの気をひこうなんざ、ええいっ、アンタが留守でよかったっ。」
こうなったらオレは断固、恋人宣言やらせてもらいますっ、と叫ぶカカシと玄関に積まれた山積みのプレゼントを交互に眺め、イルカはようやく納得した。
勘違いしてるな。
そう、カカシはすっかり勘違いしていた。
木の葉丸の伝令は、子供達をとおして女達にまで伝わっていたのだ。素顔のはたけカカシに会える、そしてあわよくばアピールできる、女達やカカシに気のある男どもが花束やプレゼントを手に大挙してイルカ宅へ押し掛けた。それをカカシは、イルカへのアピールだと思いこんだのだ。
「だいたい、アンタが無防備に愛想ふりまくからこんなことになるんです。もう、オレは遠慮しませんからね、受付所だろうが職員室だろうが、オレ達のラブラブぶりを見せつけてやりますっ。」
わかってねぇなぁ、この人は。
イルカはぷくっと含み笑いした。
案外、都合がいいかもしれない…
このまま勘違いをしたカカシが騒ぎ立ててくれたら、大手を振って木の葉の公認カップルだ。
「あっ、笑ったっ、本気にしてませんねっ。オレはやるときはやる男ですよっ。」
カカシはムキになってまくしたてた。
「いいですかっ、女になんか目を移したらオレ、死にますからねっ。殉職して、一生アンタに取り憑いてやるっ。」
アンタを殺します、くらい言えんのか、上忍…
情けなさ極まる脅し文句を並べ立てているのは、まごうかたなき里の誉れ、写輪眼のカカシだ。涙目でイルカに詰め寄る里の誉れを生温い目で見やりながら、一方で可愛いなぁ、と思ってしまう。目の前で喚く男のそんなところに惚れたのだから、始末におえないのは自分の方なのかもしれない。ともあれ、余計な虫がつかないよう、早めにはらっておくにかぎる。
ムダにもてるからな、この人は。
本来なら男の自分が恋人にしておけるような人ではないが、今更手放す気はさらさらないのだ。
「ちょっとっ、聞いてんですかっ。イルカ先生っ。」
がくがくとイルカの肩を揺するカカシを抱き寄せて、イルカはこっそり幸せそうな笑みを浮かべた。
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