こんにちは、はたけカカシです。
木の葉の上忍です。
現在、滅茶苦茶行き詰まってます。
一歩進んで二歩下がるっていうけど二歩じゃないよね?一万歩くらい下がってるよねこの状況。
今、オレがいるのはイルカの居間だ。居間のちゃぶ台の前にきちんと正座したイルカが深々と頭を下げている。
「はたけ上忍、本当にありがとうございました」
うわ〜〜、距離感!
え、なんで?
昨夜オレ達、一緒に抱き合って眠ったよね?
いやね、エッチな意味じゃなく純粋に、まぁ、疲れて寝ちゃったイルカをオレが抱っこして眠ったってだけの話なんだけど、オレ的には早くイチャイチャ抱き合いたいのは山々っていうか、まぁ、おいおいっていうか、とにかく、仲良く眠ったよね?
朝はオレの腕の中で目を覚ましたじゃないのーっ。
「おはよう」ってオレ、アンタに微笑んだら、この微笑みも全力だよ?一からイルカを口説かなきゃいけないオレだから全身全霊で微笑んだよ?
暗部の中で「素顔のはたけカカシが微笑むと春風が吹く」と評されくらいだから結構イケてたと思うんだけど、とにかく「おはよう」って微笑んだらアンタ、照れたように笑ってくれたじゃない。絶対イケたと思うでしょ!
ベッドにいるとご飯が炊きあがる匂いがしてきて、いやね、昨夜影分身でお米しかけてたのよ、タイマー一応七時セットで。イルカみたいなタイプは家庭的な雰囲気から攻略でしょうよ。さすがはオレだよね。
『朝飯作ってあげる。まだ寝てていいよ、イルカ』
耳元であま〜く囁いてオレはベッド出たのね。この、なんつーか、『イルカ』ってさりげなく呼び捨て?距離感ぐぐーっと縮んでますアピール?なんたって恋人にならなきゃいけないんだから、タマは側におります、オレはよいお友達になりました、じゃ洒落になんないの。んでもって台所入って味噌汁の用意してたらイルカが手伝いますってきたのよ。じゃあ一緒に作りましょうってね、オレがナスの味噌汁隣ではイルカが卵を焼く。オレがトマトを切ればイルカがレタスをちぎる。もうコレ、ほぼほぼ新婚さんじゃね?
朝食もなごやかでしたよ。これ美味しいね、卵を焼いただけですよ、うん、でもイルカが焼いてくれたからかな?とても美味しい、なーんてね、昔なじみの連中が聞いたらジタバタ転げまわりそうな甘い台詞吐いたりなんかして、いやもうなりふり構っていられませんよ。まずは家庭的な雰囲気で胃袋をつかみ甘い言葉で恋人候補だって意識してもらう、短期決戦にのぞむオレの必死の策ですよ。頬を染めてうつむいたイルカにオレは作戦の成功を確信していたところですよ。
さて、これから一緒に出勤して周囲にはホモカプ復活をアピールしとこうかなと、いや、ホントはまだホモカプじゃないんだけど、この際先走った噂を利用して外堀を埋めてね、一挙に恋人の座を獲得しようっていうオレのみみっちい…じゃない、綿密な計画が始動し始めたってとこにですね、いきなりのこの状況、断崖絶壁で隔てられたようなこの距離感、いったい何がって今朝からの出来事反芻するでしょ。
正座したイルカは深々と下げていた頭をあげ、まっすぐにオレを見つめた。
「もうオレ…私は大丈夫です。はたけ上忍のおかげでタマが側にいるって信じることができました」
いやいやいやいや、そこ、なんで「はたけ上忍」?「カカシさん」でしょ?「カカシ」って呼び捨てでも全然かまわない、ってかむしろウェルカムだってのになんで「はたけ上忍」!しかも一人称が「オレ」から「私」ってなんか光速で状況後退してない?断崖絶壁が轟音たてて広がってるよ。この隔たり感、オレの気のせい?
内心あわあわしているオレとは対極に、イルカはどこか吹っ切れたような、さっぱりした表情をしている。
「はたけ上忍」
だからその呼び方は〜〜
「昨夜、オレは確かにタマの声を聞きました」
あ、そうね、オレにも聞こえたよ。ニァオンってそりゃあ高らかな声、空耳じゃないのは確かだよ。こくこく頷けばイルカは嬉しそうな顔になる。
「上忍にも聞こえたんですね」
だから、その「上忍」ってのやめて。凹むからやめて。突っ伏しそうになるオレにイルカはふわりと微笑んだ。
「よかった…タマは側に、オレが気づいてなかっただけで、あいつはずっと側にいてくれたんですね」
「あ…そう、そうね、タマはここにいるよね」
そうだ、ここからオレはタマのプレゼントなんだよって話に持って行かないと。
「だからね」
負けるなオレ、ここは踏ん張りどころだ。このオレ、はたけカカシはタマからイルカへのプレゼントなのです、ずっと一緒にいるべきなんですっ。
「オレはタマが…」
「こんな愚かな私にはたけ上忍はずっと付き合っていてくださったんですね。猫扱いしてしまって、なんといってお詫びすればいいか」
「いいいや、そっそんなことは」
「はたけ上忍はお優しい方ですね」
にっこりとイルカが笑う。作り物じゃない、本当に晴れやかな笑み、うっかり見とれてしまった。
「ありがとうございました、はたけ上忍。この御恩はけっして忘れません」
しまった。ちょっとぽーっとなってた。早く言わないと、オレ達の今後のことを早く
「タマは側にいてくれる、そう信じることができました。初めてきちんと地に足をつけて生きることができる気がします。それに」
イルカの真っ黒な目にうっすら涙の膜が張る。
「それにちゃんとしないとあいつに怒られますしね」
涙が一粒、イルカの頬を伝った。オレはまたポケッとそれに見とれる。
「はたけ上忍、本当にありがとうございました」
再び深々と下げられる頭、一つくくりにした黒髪が目の前で揺れる。オレは慌てた。見とれてる場合じゃないっての。
「あっあのね、イル…」
「はたけ上忍」
「ははははいぃっ」
頭を上げたイルカの前でオレは背筋を伸ばす。
「一介の中忍が図々しいとは存じますが、あの…」
なんて顔すんのよアンタ。言いよどむイルカの上目遣いの視線に鼻血吹きそう。
「お願いしても…」
「ももももちろん、言って、何でも言って」
思わず身を乗り出した。いやもう、こうなったら藁にもすがるよ、わらしべ一本でも掴んじゃうよ。
イルカが照れくさそうに頬を赤らめた。ぐはっ、かっ可愛いなオイ。
「あの、はたけ上忍」
「ははははいっ」
「その、これからもたまにご飯、お誘いしても」
「お誘いしてくださいっ、たまにと言わずじゃんじゃんお誘いしちゃってっ」
よかった。わらしべだけど一本掴めたよ。もうこのままありがとうございましたで追ん出されるかとおもっちゃったよ。
「もう毎日だってご飯行っちゃう」
「ありがとうございます」
嬉しそうにイルカが笑う。
「はたけ上忍がお優しい方でよかった」
だから〜〜、そういうのじゃなくって〜〜〜
「上忍、これからもよろしくお願いします」
オレ、アンタが愛しいって言ったよねーーーっ
結局、出勤するイルカと一緒に部屋をでた。オレ的には追い出された。
だったら最初の計画どおり、一緒に出勤すればよかったって?アパートの階段降りたところで、じゃあこれで失礼しますとか言われてみろ。それじゃあね、と手ぇ振るしかないじゃないの。
オレはすごすごと引き下がるしかなかった。あああ〜〜〜
☆☆☆☆☆
「ねぇねぇ、アンタ、イルカのとこに復縁迫りに押しかけておんだされたんだって?」
「バッカねぇ。花街なんか行くから」
「あ〜、そりゃカカっさん、しばらくは許してもらえませんよ」
「カカシよ、なんならオレも一緒に土下座してやるぞ」
上忍待機所の入ったとたん、紅、アンコ、ゲンマ、ライドウ、ガイに取り囲まれた。何故十五分前の出来事がこうも駆け巡っているのでしょうか。流石忍者の里、皆さん優秀ですよね。
まったくもって事実は歪曲されてますけどねっ。
世の中の仕組みを改めて学んだオレだ。
「去るもの追わずなアンタにしちゃ珍しくない?」
「っていうかそもそもカカシ、アンタが素人に手ぇだすなんて初めてじゃないの?」
「そういやカカっさん、玄人専門ですもんね」
「十代半ばで痛い目見たんでしたっけ?」
「カカシよ、ようやくお前も真実の愛に目覚めたのだなっ」
好き勝手おっしゃる昔なじみの皆々様、ほんっとに遠慮の欠片もないよね。思いやりって言葉をこの人達は知らないんでしょうか。アカデミーの先生にもう一度人の道を教わったほうがいいんじゃないの?ほらぁ、新米上忍の方々がなんだか恐怖の表情浮かべてこっち見てる。そりゃそうだよね、紅なんて見た目がいいから憧れのくノ一だったりするのに本性がコレじゃあね。アスマもアレだね、後々尻にしかれるってわかっていても惚れた弱みって奴なんだろうね。
そのアスマは隅っこのソファで巨大を縮めている。アイツ、案外生真面目だからね。イルカの話を聞いちゃったら呑気に色恋なんて騒げないんだよね。
え〜っと、そういやオレ、まだ説明してなかったね。一体全体何が起こっていてオレがどういう状況に置かれているか。
元はといえば三代目が悪いのだ。ここまで状況を悪化させたのは間違いなく三代目だ。
話はイルカの子供の頃まで遡る。子供の頃、イルカんちにはタマって名前の猫がいたのよ。三代目の奥方、今は亡きビワコ様が拾ったヤスの子猫、茶トラ柄の猫のことよ、そのヤス猫を飼う飼わないで夫婦喧嘩が勃発したんだそうだ。ほら、三代目は文鳥飼ってたからそりゃ猫はね、え?知らなかった?三代目鳥好きだよ?
その時、怒ったビワコ様に三代目はしたたかに頬を打たれちゃったらしくて、未だにブツブツ文句言ってるくらいだから相当痛かったんだと思う。で、見かねたイルカの母親が、あ、イルカのお母さんってビワコ様の付き人やってたんだって、そのイルカのお母さんがタマを引き取ってね、タマも恩義に感じたんだろうねぇ、その後生まれたイルカを守るようにいつも寄り添っていたんだと。
そしてあの忌まわしい日がやってきた。イルカの両親は二人共殉職してしまった。
そりゃね、大事な人を亡くしたのは別にイルカだけじゃない。ここにいる皆も誰かを亡くしている。オレは親代わりだったミナト先生とクシナさんを亡くしたし、紅のお父さんだって殉職した。三代目の奥方、ビワコ様も亡くなられた。
でもオレ達はもう忍びだったけどイルカはまだアカデミー生だった。イルカは両親から愛されて育った普通の子供だったのだ。そんな、忍びでもないただの子供が急に一人ぼっちになってしまった。そりゃあ辛くてどうしようもないよね。
ただ、そんな寂しい子供に猫が寄り添った。猫のタマはイルカを守るようにいつも一緒にいたのだという。両親のいなくなった家で子供が一人でやっていけたのはタマが側にいたからだ。
だが、猫の寿命は人間よりも短い。イルカが下忍に合格した年の春、タマは病をえてあっという間に逝ってしまった。桜のつぼみがふくらみはじめた頃だったそうだ。
両親が死んでからずっと寄り添ってくれた猫の死をイルカは受け止められなかった。下忍試験に受かったっていってもまだ子供だ。無理もない。イルカは特殊結界をタマの周囲に張って亡骸が腐らないよう守っていたのだという。見つけたのは上忍師だ。はじめての班の顔合わせに来なかったイルカを心配して家を訪ね、居間で猫の亡骸を守るイルカを見つけたのだそうだ。尋常でないその様子に上忍師の男はすぐに三代目へ式を送った。無理に結界を解かせるのはまずいと判断したのだ。飲まず食わずで二日間、イルカはタマの亡骸の周囲に結界を張っていた。下忍にそんな術が使えたのも驚きだが、二日間連続で結界を張り続けたのにも驚かされる。普通なら倒れるところだ。
で、ここからが問題。そう、三代目が諸悪の根源だって話。
もう言わなくてもだいたい察しはつくよね。タマっていう精神的支柱を失った子供に三代目が安請け合いしちゃったのよ。タマみたいに愛された猫は必ず生まれ変わって会いにくるから安心しろって。
んなわけないじゃない。そんな、ひょいひょい生まれ変わりなんてあった日にゃ世の中大混乱でしょ。なのに三代目、あまりにイルカが不憫でその場しのぎの嘘ついちゃった。生まれ変わって会いにくるから今はタマをちゃんと埋葬してやろう、なーんてね。
もーね、三つ子の魂百までって言うじゃない。ただでさえ心がボロボロのところに尊敬する三代目にそんなこと言われちゃったら信じちゃうでしょーよ。実際、イルカは信じちゃったのね。それでもやっぱりタマがいなくなったら寂しい。イルカは毎日、下忍任務が終わるとタマを埋葬した枝垂れ桜の根元に座っていたんだそうだ。弁当買ってね、タマへのお供え物をしてそこで飯をくって、夜遅くまでずっとタマに話しかけていたらしい。
そんなねぇ、下忍任務って案外体力勝負で疲れるじゃないの、中忍試験にむけて修行もしないといけないしね。体がクタクタなのにそんなことしてたら限界くるよね。たぶん、限界だったんだよ。イルカの目の前にタマが姿を現した、なーんて幻覚みちゃうくらいには。
タマの幻覚にイルカは触れることができたのだそうだ。疲れ果てていた子供は手の感触の記憶を現実と錯覚したんだね。タマはしばらくイルカに撫でられていたけど、突然くるっと背を向けて駈け出したらしくてね、桜の木の向こうまで走ったら煙のように消えてしまったとか。まぁ、幻覚だし?そんなもんでしょ。
ただねぇ、間が悪いっていうか、タマの幻覚が消えたところにいたのが任務から帰還したばっかのオレだったわけ。そりゃあねぇ、思っちゃうよね、タマの生まれ変わりがオレってさ…
イルカはもちろん、大喜びで三代目へ報告に走った。タマが生き返ったと、銀髪の暗部に生まれ変わったと。その段階で三代目、その暗部がオレってわかってたよね?わかってたくせあの爺さん、まーたイルカに気休め言った。よかったのぅ、生まれ変わったタマが安心して帰ってこられるようおぬしもしっかり励まねばな、なーんてね。
結果どうなったかって、もうわかるでしょ。ミナト先生の遺児ナルトが卒業したっていうから、その上忍師になるため里に帰還したオレをみて、イルカはタマが帰って来たって信じこんじゃった。そこへもってきてまたあの爺さんがね、タマとしてイルカの精神ケアをせんかー、なんて無茶言うもんだから、いや、確かにオレも悪いですよ?熟成黒糖酒百年ものにつられてね、安請け合いしたオレも悪かった。でーもーね、タマになれって発想、どうかと思うよ?
まぁ結局のところですね、その、言い難いんだけど、イルカとの同居生活で「タマ扱い」されてたオレがちょっとブチきれちゃってね、オレはタマじゃない、タマは死んだんだ、死んだモンは生き返らないの、なーんて言っちゃったわけ。三代目に頼まれてタマ扱いを受けていただけだって、まぁ、酷い事言っちゃったよね、オレも。
当然だけどイルカの家にはもういられないよね。イルカから離れてオレは初めて気がついた。
タマとしてイルカの所で暮らしているうちにどーもオレ、イルカに惚れちゃってたわけよ。
イルカは今時珍しく純粋な心の持ち主で、一生懸命タマを愛して、そしたらねぇ、あぁ、オレもタマみたいに一途に愛してもらえたらなぁ、なーんて思っちゃってねぇ。柄にもなくなんだけどね。
しかもあの人、なーんか可愛いわけよ。男らしいしガタイもいいしゴツいんだけど、こう、小動物みてるみたいっていうか、妙に可愛くってねぇ。だからイライラしたわけ。なんでオレ自身を見ないんだって、あ〜〜、オレも大人げないよねーーー。
イルカはオレの言葉に酷く傷ついていた。十年、心の支えにしてきたタマの生まれ変わりが三代目の気休めだったと気づいたイルカはボロボロになっていた。なのにあの人、妙に優秀でね、それを外にみせないわけ。自分の気持ちを隠すのが上手いんだよ。
案の定、バカなオレはイルカがどれほど憔悴しているのか全く気づかなかった。オレがいなくなっても全然平気なイルカにムカッ腹たてて、これ以上嫌われるのが怖くてビクビクして、イルカに近づくことができなかった。
巷じゃオレがタマ扱いされてるのをホモカプだって勘違いされて、噂ばっかりが一人歩きしてるしさ、まぁ、オレが捨てられた体になってるのだけが救いだったんだけどね。
で、身動きとれず気弱になってたとこへイルカの幼なじみがやってきて、イルカの様子がおかしいからみにいってやってくれって言われたのね。そこはさすがだよね。昔からイルカをよく知っている友人だからこそ気づいたっていうか、案の定、オレが確かめにいくとね、家の中で一人になったイルカは酷い状態だった。外では明るく振る舞って仕事もきちんとこなしてたけど、家の中じゃね、兵糧丸だけで何も食べてないしベッドでも眠っていなかった。イルカをどれほど傷つけたか、オレは愕然としたよ。
オレはタマに、今はもういない猫にむかって心の底から詫びた。お前の大事にしていたイルカを傷つけてごめんって、その代わりといっちゃなんだけど、一生イルカの側にいて大事にするから、だからイルカの心を取り戻して欲しいと願った。
オレは必死でイルカに語りかけたよ。タマはいなくなったけどオレが側にいるから、ずっと一緒にいるからって、その時ふと思ったんだ。タマの幻影がオレのところで消えたっていうのは、きっとタマがイルカの元にオレを連れて行こうと思ったからなんだって。オレならイルカの側にいて大事にするってタマはわかっていたんだって。もう十年もまえのことだけれど、タマはオレをイルカのために選んだんじゃないかって。
馬鹿げた考えだとは自分でも思う。でも、どうしてもそんな気がしたからオレは素直にイルカに言った。オレはタマからイルカへのプレゼントだよって。その時だった。ニァオンって高らかな猫の鳴き声を聞いたのは。イルカにも猫の声が聞こえた。タマの声だと言った。二人とも同時に猫の鳴き声をきいたから空耳じゃない。え?外で野良猫が鳴いたんだろうって?野暮言ってんじゃないよ。それにイルカはタマの声だと言った。だったらあれはタマの声なんだ。
オレは思った。この世には不思議なことがきっとあると。やっぱりタマの魂がイルカの側にいて、オレを選んでくれたんだって。
イルカは泣いた。おそらく、タマの死をはじめてきちんと受け止められたんだと思う。オレはイルカを抱きしめて、それからお腹に優しいものを食べさせて、一緒のベッドで眠った。イルカのことを愛しく思っていると伝えて、唇にキスまでして、それが昨夜の出来事。
オレ的にはこのまま同居を再開して恋人関係まで持ち込もうってやる気満々だったんだけどね、今朝になってこの体たらくですよ、追い出されましたよ、ええ。
「ねぇねぇ、アンタ本気の本気になっちゃったの?」
そして昔なじみにいじられているわけですよ。別れ話がこじれているホモカプ扱いでね。でも、これってある意味好都合なんじゃない?元鞘におさまりたい男として泣きを入れれば周囲の理解と協力が得られるっていう、美味しい状況だよね?今更イルカを手放すつもりはさらさらないし、第一オレを選んでくれたタマに申し訳がたたない。ってことでオレはバシン、と両手をあわせて周囲を拝んだ。
「一生に一度のお願い、哀れと思うならなんとかイルカさんとうまくいくよう協力して」
周囲がどよめく。まぁ、そりゃそうだよね。オレがこんな風に頼みごとをするなんて前代未聞だ。オレは必死でたたみかけた。
「もう中忍試験はじまるじゃない。そうなったら会う時間なくなっちゃうし、その前にどうしてもヨリ戻したいの。オレ、本気なのよ」
昔なじみ達が唖然とオレを見つめている。昔なじみ以外の上忍や特上達もぽかんとなってる。ええい、驚け、そしてオレの本気を思い知れ。
「カカシぃ」
最初に反応したのはガイだった。だぁぁ、と涙をこぼしている。
「お前の本気、確かに受け取ったぞ。オレに出来ることはなんでもやってやる。遠慮無く言ってくれ」
ガシリ、と手を握られた。
うん、暑苦しいけどこういう時、お前はほんっと役に立つわ〜。
くノ一の魔女二人がふっと表情を柔らかくした。
「そこまで本気だったんだ」
「しょうがないわね、だったら協力するしかないじゃない」
っしゃー、くノ一味方につけたら怖いもんはない。
「カカッさん、マジだったんスね」
「オレらで出来ることあったら言ってくださいよ」
特上組ゲットー!
タマ、ありがとう。オレがんばるよ。
アスマだけがもの凄く微妙な顔をしてこっちをみていたけど、まぁ、あとで丸め込めばいい。とりあえず、イルカさんに捨てられた哀れなオレが心底後悔して復縁求めてがんばるって構図は出来上がった。周囲の助力があれば後は心置きなくイルカを攻略出来る。
「まずはオレ、イルカさんと晩ごはん食べに行きたい〜」
すかさず泣きを入れる。大事なのは飯だよね、飯。いずれイルカさんのうちに上がり込むにしても、一緒にご飯を食べるって大事だよ。イルカさんだってたまには飯に誘っていいですかって言ってくれたし、それってまだ希望があるってことだよね?あの場での社交辞令ってことじゃないよね?でもあのよそよそしさじゃ…
あああ〜〜、ホントに社交辞令じゃないって言い切れるのかオレーーー!
なんだか誘ってもすぐにうなずいてくれるとは思えない。だが今のオレには周囲の後押しがある。まかせろと力強く請け負ってくれる仲間がいる。外堀埋めて身動き取れなくしちゃえばこっちのもの。え?性格悪い?セコい?うるさーい。恋は盲目なのっ。
「あ〜、盛り上がってるとこ、悪いんだがよ」
ヒゲがもぞもぞとこっちにやってきた。なによヒゲ、今更オレがタマの身代わりでホモカプじゃないとか言い出すんじゃないだろうね。
「あのな、イルカな」
だから何。
「中忍試験準備委員会のメンバーだぞ」
………えっ?
「アカデミーと受付の中忍は全員準備委員会に所属だったはずだ」
準備委員会の中忍ってことは…
「メンバー各自、瞬時に移動する必要でてくっから札使った臨時の口寄せ契約結ばされっだろ?」
それって、口寄せ契約結んだ中忍達って
「今夜から本部泊まり込みになるはずだ。イルカもアカデミーで授業する以外しばらく外には出てこねぇぞ」
うっそぉ〜〜〜っ
力が抜けた。
「きゃ〜〜、カカシ」
「ちょっと、大丈夫?しっかりしなさいよ」
「カカシさん、まだ破局決定ってわけじゃないッスよ」
「気を確かにもて、カカシぃ」
これって天罰?イルカを傷つけた罰なの?そりゃないよタマ〜〜
床に崩れ落ちたオレのまわりで皆が大騒ぎしているのが聞こえたけど頭が真っ白なまま動くことができなかった。 |