しーっ、はやらないで |
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六代目火影の治世二年目にして木の葉はついに火の国からの完全自治権を勝ち取った。 さて、そのうみのイルカ教頭であるが、本日、火の国との条約調印の日である五月二十六日は彼の誕生日であった。毎年、何があっても任務調整して誕生日を祝ってくれた伴侶は今、都の調印式場にいる。 「教頭先生、六代目、めちゃくちゃカッコイイですねっ」 こそっと教師の一人がイルカに囁いた。 「うちの里長、イイ男だから」 こそこそと他の職員達もささやきかけてくる。 「こら、先生方、無駄話しない」 幼馴染であり教務主任になったヒラマサには無言で蹴りを入れ、職員達をたしなめながらも確かに口元が弛んでしまっている。 「うーん、あんまりねぇ、戦争のことはね。でも木の葉は順調に復興していますし我々と火の国の絆はますます強固になっています。ただ、今日はこれでね、おしまいでいい?」 低く甘い声に周囲は更にヒートアップした。 「今日は記者会見の場は設けておられませんが、やはり忍びの里という秘匿性のためですか」 次々と浴びせられる質問に六代目は眉を下げた。 「別に秘密にするようなことはないのよ。うん、あのね、必要ならまた機会を設けるから。オレね、ちょっと里に帰らなきゃいけない用事あって」 こてん、と小首を傾げる。カカシのいつもの癖だ。 ………ん? イルカの背筋にタラリと冷や汗が流れた。なんだか嫌な予感がする。報道陣は里へ帰るという言葉に食いついていた。 「火影様、調印式の後の祝賀会は明日ですが里へお帰りになられるということは欠席ですか?」 おおおー、と会場がどよめいた。そりゃあそうだ。一般人の感覚では都と木の葉の里は数日がかりの旅になる。いや、下忍の足でも一日がかりだ。 「カカシ様なら数時間ですもん」 職員達は大盛り上がりだ。先生達が盛り上がっているせいか子供達もキャアキャア騒いでいる。だがイルカの嫌な予感はますます大きくなるばかりだ。 ヤバイ、なんか知らねぇがヤバイ気がする 出立前、口を酸っぱくして言い聞かせた。けして恋人の誕生日だから帰るなどと口走るな、そう念押しはした。っつか、帰ってくるなとも言った。後日、二人でゆっくり過ごす時間をとりましょう、オレを甘やかしてくださいね、と普段なら絶対口にしない甘い言葉も連発してカカシを丸め込んだ。丸め込めたはずだ。テレビ画面では報道陣がヒートアップしている。口々に忍びなら何時間なのかだの、トンボ帰りするほどの用事とはどれほどの一大事なのかだの、護衛がついていけないスピードなのは本当なのかだの、とにかく大騒ぎだ。火影の前には何本ものマイクが突きつけられもみくちゃになっている。とうとう護衛の忍びが周辺の報道陣を押しやろうとした、その時だった。カカシがすっと黒い口布に指をかけた。 「ヤッヤバイっ」 ガターン、と音をたててイルカは椅子を蹴倒し立ち上がった。 「カカシさんっダメッ」 叫んだところでここは木の葉、カカシに届くわけもない。イルカの叫びは講堂に虚しく響くばかり。するりと口布がおろされ、大写しのまま秀麗な美貌があらわになった。一瞬、報道陣が息を飲み静寂が訪れる。 「ヤヤヤヤバイッ」 画面の中でカカシがふわり、と微笑んだ。立てた人差し指を唇にあてる。 しーっ 次の瞬間、テレビの画面が揺れ、何かがバタバタ倒れる音が響いた。あちゃー、とイルカは額を押さえる。 やっちまったよあの人 テレビ画面にはカカシのローブの裾が映るばかり。と、カメラがぐん、と持ち上げられた。カカシの顔がドアップになっている。どうやら自分でカメラを持ち上げているらしい。テンゾウ、これ持ってて、と声が入る。そしてドアップのまま素顔のカカシがニコリと笑った。 「イルカ、誕生日おめでとう」 蕩けるような甘い声。 だぁぁぁぁっ イルカはそのまま床に崩れ落ちた。周囲の職員達の顔も真っ赤だ。高学年の子供達、特に女子生徒達からきゃあぁぁ、と黄色い声があがった。ゴトン、という音とともにテレビ画面には床が映った。そこには死屍累々、報道陣が倒れ伏している。さ、テンゾウ、帰るよ、遠くにカカシの声が聞こえ、それから画面に「しばらくお待ち下さい」の文字が出てクラシック音楽が流れはじめた。 やっぱ公務放り投げてでも付いていけばよかった… 後悔先に立たず、イルカは頭を抱えたまま床に転がっていた。 「ね、センセ、機嫌直してよ、ね?」 今日は大事な人の誕生日、調印式を終え急いで里へ帰ってみれば恋人は随分とご機嫌斜めだ。 「大丈夫。祝賀会にはちゃんと出席するし、都には信頼できる諜報員達を配置してあります。今回の調印式の後の暗殺計画も全部潰しちゃったし厄介な政敵はその濡れ衣着せて殺したし裏社会の面々には恩を売ってきたし何も心配することありませんよ?」 夕方六時、火影屋敷の居間でイルカ先生お誕生日おめでとう会の真っ最中だ。元七班の部下達が飾り付けをしてケーキも買ってきてくれた。料理は屋敷のスタッフが先生の好みの料理をこしらえてくれた。三代目の頃からのスタッフが多いからオレやイルカ先生の好みを熟知していてとても助かっているのだが、ただ、肝心のイルカがふくれっ面だ。 「ねぇ、ほら、ハンバーグ食べよ?せっかくナルト達もお祝いに来てくれたんだし、ね?」 元七班の名前を出せば恋人の表情がゆるむ。根っからの教師、今も昔も生徒にだけは勝てたためしがない。 「すまん、お前達が一生懸命用意してくれたんだもんな」 ほらね、元生徒達には柔らかく笑うんだから。 「ただ、オレぁこればっかは許せねぇんだ」 キッと恋人がオレを睨んだ。え?だから、オレ、何かしたっけ。 「カカシさん、アンタぁ今日、何やらかしたか自覚ねぇのか」 ホント、オレ、何かした? 「護衛置いてきてしまってごめん」 だよね、護衛されるより反対に助けちゃった回数の方が多いしね。 「前々から言おうと思っていたがカカシ、護衛をオレにかえろ。アイツらじゃ足手まといだ」 優しい子達だぁねぇ。先生は嬉しいよ。 「だぁいじょうぶ。まだまだ殺られるほど耄碌してないよ?それよりお前らは里の貴重な戦力なんだから仕事して?」 うん、先生の言ってること正しいんだけど、なんか、ものすごく駒扱いだよね。受付からしたらオレ達、ホント銭稼いでくる駒なのね… 「そうじゃなくてっ」 イルカがビシリとオレに指を突きつけた。 「自覚ないからこの際きっちり言わせてもらいますっ」 思わず背筋が伸びた。 「カカシさんっ」 「オレ以外に『しーっ』はやったらダメッ」 「はいっ…は…はい?」 「しーっ」をやったらダメ?って? 「オレだけにしーってしてくれてたのに、あんなどこの馬の骨ともつかぬ輩にしーっ、なんてっ」 ええっ? 「先生、馬の骨じゃなく報道の人達だってばよ」 えええ? 「とにかく、今後オレ以外にしーってしたらダメなんですっ」 真っ赤な顔でイルカは言い切った。 「うっ」 耳が熱い。顔も熱い。 「嬉しいっ」 がばっと抱きつけば両手でぐぐぐと押しやられた。 「皆の前でなにするっ」 ええええーっ、そりゃないよ〜〜 「じゃあ先生達、ごゆっくり。あたし達はこれで」 ほら、ナルトもサスケもサクラも遠慮して立ち上がってるじゃない。こうなったらやることは一つでしょ、ヤるだけだよね? 「何言ってんだ。こんだけ料理あるしケーキもある。オレ一人じゃ食いきんねぇだろ。さ、座れ座れ」 ああああ〜〜、アンタ、ホントに先生だねっ。 それからオレ達は飲んで食べて笑って、いい誕生会になった。 後日、元ご意見番水戸門ホムラ様が統括している木の葉の里企画部門から「しーっ」って題名の写真集が発売されてイルカの機嫌が再び急降下することになるんだけど、いや、まさかオレの写真集だなんて思わなかったんだよ。六代目火影の責務とかなんとか言われてやたらとポーズとった写真撮られたんんだけどね。 「確かに、自分の恋人がプリントされているバスタオルでむくつけき忍びどもが体を拭くとか、ちょっとイヤですね」 えっ、そんなもんまで? 「じゃがうみの、六代目がプリントされているかいないかで売上が明らかにかわるぞ」 仕方あるでしょっ。 「ホムラ様、いくらなんでもやり過ぎです。イルカも、ホムラ様にそそのかされてないでちゃんと本業の教師やりなさいよ。オレは反対ですからね。しーっ顔アップのタオルとかTシャツとか絶対反対、気持ち悪いでしょうが、なによりオレが気持ち悪いっ」 口布ごしにすっとイルカの人差し指がオレの唇にあてられた。 「しーっ」 もう好きにして。 再び販売戦略を練りはじめた二人にちょっと遠くを見てしまうオレだった。
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オフ本「しーっ」の二人です。くっついて後、火影となったカカシと教頭先生のイルカ。この頃、教務主任になったヒラマサ君は頑張ってナズナ先生を口説き落としたようです… | ||