しーっ、はやらないで
 


 
 

六代目火影の治世二年目にして木の葉はついに火の国からの完全自治権を勝ち取った。
国主の安易な承認によってダンゾウが里長となり酷い混乱を引き起こしたことは里人の記憶に新しい。その轍を踏むまいと六代目火影はたけカカシは次期里長の指名権を現里長へと移行することに成功する。いずれは里人の総意が反映されるよう法改正が必要であるが、ナルトに七代目を引き継ぐまでは権限を己の手の中に留めることにしたのだ。暗部として汚れ仕事に慣れているカカシだからこそなし得たことである。
当然、反火影派からは専横であるだの独裁だのと非難の声があがったが、普段柔らかい態度で里人と交流を持つ六代目への目立った反発はなかった。教師として信頼されているうみのイルカが伴侶であることも有利に働いたのだろう。
そのうみのイルカは戦後の立て直しでアカデミーの教頭に就任していた。いずれはアカデミーを独立した組織として再編しその校長につく予定である。本人は自分の器ではないと固辞しているらしいが、そこは恋人への甘え上手な現火影、あの手この手で口説き落とすつもりらしい。

さて、そのうみのイルカ教頭であるが、本日、火の国との条約調印の日である五月二十六日は彼の誕生日であった。毎年、何があっても任務調整して誕生日を祝ってくれた伴侶は今、都の調印式場にいる。
実は事務方が決めた式典の日がイルカの誕生日だと知ると六代目火影は変更を要求した。どうしてもイルカの誕生日を祝うとゴネるカカシを都へ叩き送ったのはイルカ自身だ。寂しくないと言えば嘘になるが、自分の誕生日が木の葉の歴史における記念すべき日と重なり、それを主導したのが己の恋人だということの誇らしさが勝っていた。

午後一時、調印式が始まった。その様子は火の国TVで生中継されている。広場には大スクリーンが設置され調印式の様子を映し出していた。多くの里人達が広場に集まり調印式を見つめている。自宅や職場のテレビよりも広場に出てくるということは皆、お祭り気分なのだ。現に屋台もあちこちにでていた。

アカデミーでは木の葉の歴史に残る日だということで、授業の一環として講堂にスクリーンが設置された。生中継の調印式を見ながら歴史担当の教師がわかりやすく解説をしている。教頭であるイルカももちろん同席していた。生徒達の後ろに横一列に並べられた椅子が職員席だ。

「教頭先生、六代目、めちゃくちゃカッコイイですねっ」

こそっと教師の一人がイルカに囁いた。

「うちの里長、イイ男だから」
「教頭先生自慢の恋人ですもんね、六代目様は」

こそこそと他の職員達もささやきかけてくる。

「こら、先生方、無駄話しない」
「なんだよイルカ、嬉しいくせに」

幼馴染であり教務主任になったヒラマサには無言で蹴りを入れ、職員達をたしなめながらも確かに口元が弛んでしまっている。
実際、白いローブを羽織ったカカシはカッコよかった。TV画面の中で圧倒的な存在感を放っている。スラリとした体躯の若い火影は見目もいいが戦場を駆けてきた男の独特の雰囲気を持っており人の目を引きつけて離さない。オレのカカシさん、マジでイイ男、と内心イルカがデレても仕方のないことである。

調印式が終わり国主と六代目火影が並んで正面を向いた。里長が国主の前に跪かず並ぶということの意味がどれほど大きいか、忍びは大名や貴族達から飼い犬扱い、駒扱いされてきた。依頼にこたえ己の命を投げ打って依頼人を守っているにも関わらず人間以下の扱いをする貴族達も多い。あの里長も写輪眼のカカシと呼ばれた現役時代には国主や貴族達の前に膝をつき頭を垂れて理不尽に耐えてきたのだ。忍び達は感極まった。涙ぐみ目頭を押さえる者、こらえきれず咽び泣く者、同胞と肩を叩き合い泣き笑いする者、それぞれがこの歴史的な光景を胸に刻む。今、自分達の長が、六代目火影はたけカカシが公の場で国主と並び立っている。忍びの長が国主と対等になったのだ。

カメラのフラッシュがバシャバシャと光る。様々な角度からテレビカメラは国主と六代目火影を映した。火影の威風堂々とした佇まいは国主を圧倒している。
教職員の間からすすり泣きが聞こえた。イルカの目にも涙が滲む。受付を兼務する教職員は国による専横がどれほどまかり通ってきたかよく知っている。そのせいで命を落とした仲間達、教え子達、受付で報告書を処理する度に彼らの無念さを思って拳を震わせたことなど数え切れない。子供達に解説をしていた教師も言葉が出ず目頭を押さえていた。

国主はそのまま退席し、火影は壇上から降りカメラに囲まれた。画面にアップで映された恋人の顔をイルカは見つめる。広場では大きな拍手と歓声があがっていた。いや、広場だけではない、子供達と職員一同も思わず拍手する。子供達はよく見知った自分達の里長が大写しになったのが嬉しくて、教職員達にいたっては言わずもがなである。
報道陣からは様々な質問が一斉にとんだ。忍界大戦は、木の葉の復興は、どうやって自治権を獲得したか、今後の火の国との関係は、記者達は我先にと大声を張り上げる。六代目火影が困ったように目を細めた。

「うーん、あんまりねぇ、戦争のことはね。でも木の葉は順調に復興していますし我々と火の国の絆はますます強固になっています。ただ、今日はこれでね、おしまいでいい?」

低く甘い声に周囲は更にヒートアップした。

「今日は記者会見の場は設けておられませんが、やはり忍びの里という秘匿性のためですか」
「新しい忍びの里のあり方を六代目としてどのように考えていらっしゃいますか」

次々と浴びせられる質問に六代目は眉を下げた。

「別に秘密にするようなことはないのよ。うん、あのね、必要ならまた機会を設けるから。オレね、ちょっと里に帰らなきゃいけない用事あって」

こてん、と小首を傾げる。カカシのいつもの癖だ。

………ん?

イルカの背筋にタラリと冷や汗が流れた。なんだか嫌な予感がする。報道陣は里へ帰るという言葉に食いついていた。

「火影様、調印式の後の祝賀会は明日ですが里へお帰りになられるということは欠席ですか?」
「祝賀会はどうなるのでしょうか」
「あ、大丈夫。祝賀会までには都に戻ってくるよ?走ればすぐだから」

おおおー、と会場がどよめいた。そりゃあそうだ。一般人の感覚では都と木の葉の里は数日がかりの旅になる。いや、下忍の足でも一日がかりだ。

「カカシ様なら数時間ですもん」
「さすがはカカシ様、さり気なく実力派」
「教頭先生っ、オレらの里長、マジでイケてますねっ」
「わははは、驚けパンピーども」
「これが忍びの実力だぁ」

職員達は大盛り上がりだ。先生達が盛り上がっているせいか子供達もキャアキャア騒いでいる。だがイルカの嫌な予感はますます大きくなるばかりだ。

ヤバイ、なんか知らねぇがヤバイ気がする

出立前、口を酸っぱくして言い聞かせた。けして恋人の誕生日だから帰るなどと口走るな、そう念押しはした。っつか、帰ってくるなとも言った。後日、二人でゆっくり過ごす時間をとりましょう、オレを甘やかしてくださいね、と普段なら絶対口にしない甘い言葉も連発してカカシを丸め込んだ。丸め込めたはずだ。テレビ画面では報道陣がヒートアップしている。口々に忍びなら何時間なのかだの、トンボ帰りするほどの用事とはどれほどの一大事なのかだの、護衛がついていけないスピードなのは本当なのかだの、とにかく大騒ぎだ。火影の前には何本ものマイクが突きつけられもみくちゃになっている。とうとう護衛の忍びが周辺の報道陣を押しやろうとした、その時だった。カカシがすっと黒い口布に指をかけた。

「ヤッヤバイっ」

ガターン、と音をたててイルカは椅子を蹴倒し立ち上がった。

「カカシさんっダメッ」

叫んだところでここは木の葉、カカシに届くわけもない。イルカの叫びは講堂に虚しく響くばかり。するりと口布がおろされ、大写しのまま秀麗な美貌があらわになった。一瞬、報道陣が息を飲み静寂が訪れる。

「ヤヤヤヤバイッ」

画面の中でカカシがふわり、と微笑んだ。立てた人差し指を唇にあてる。

しーっ

次の瞬間、テレビの画面が揺れ、何かがバタバタ倒れる音が響いた。あちゃー、とイルカは額を押さえる。

やっちまったよあの人

テレビ画面にはカカシのローブの裾が映るばかり。と、カメラがぐん、と持ち上げられた。カカシの顔がドアップになっている。どうやら自分でカメラを持ち上げているらしい。テンゾウ、これ持ってて、と声が入る。そしてドアップのまま素顔のカカシがニコリと笑った。

「イルカ、誕生日おめでとう」

蕩けるような甘い声。

だぁぁぁぁっ

イルカはそのまま床に崩れ落ちた。周囲の職員達の顔も真っ赤だ。高学年の子供達、特に女子生徒達からきゃあぁぁ、と黄色い声があがった。ゴトン、という音とともにテレビ画面には床が映った。そこには死屍累々、報道陣が倒れ伏している。さ、テンゾウ、帰るよ、遠くにカカシの声が聞こえ、それから画面に「しばらくお待ち下さい」の文字が出てクラシック音楽が流れはじめた。

やっぱ公務放り投げてでも付いていけばよかった…

後悔先に立たず、イルカは頭を抱えたまま床に転がっていた。


☆☆☆☆☆

「ね、センセ、機嫌直してよ、ね?」

今日は大事な人の誕生日、調印式を終え急いで里へ帰ってみれば恋人は随分とご機嫌斜めだ。

「大丈夫。祝賀会にはちゃんと出席するし、都には信頼できる諜報員達を配置してあります。今回の調印式の後の暗殺計画も全部潰しちゃったし厄介な政敵はその濡れ衣着せて殺したし裏社会の面々には恩を売ってきたし何も心配することありませんよ?」
「え、先生、そんなことやってきたのかってば」
「ナルト、アンタもいずれ火影継ぐ気ならそのくらいのこと、こなせるようになりなさいよ」
「忍びとして当然だろうが、ウスラトンカチ」

夕方六時、火影屋敷の居間でイルカ先生お誕生日おめでとう会の真っ最中だ。元七班の部下達が飾り付けをしてケーキも買ってきてくれた。料理は屋敷のスタッフが先生の好みの料理をこしらえてくれた。三代目の頃からのスタッフが多いからオレやイルカ先生の好みを熟知していてとても助かっているのだが、ただ、肝心のイルカがふくれっ面だ。

「ねぇ、ほら、ハンバーグ食べよ?せっかくナルト達もお祝いに来てくれたんだし、ね?」

元七班の名前を出せば恋人の表情がゆるむ。根っからの教師、今も昔も生徒にだけは勝てたためしがない。

「すまん、お前達が一生懸命用意してくれたんだもんな」

ほらね、元生徒達には柔らかく笑うんだから。

「ただ、オレぁこればっかは許せねぇんだ」

キッと恋人がオレを睨んだ。え?だから、オレ、何かしたっけ。

「カカシさん、アンタぁ今日、何やらかしたか自覚ねぇのか」
「えっ」

ホント、オレ、何かした?
今日は調印式を終わらせて護衛置いて里まで走って帰ってきてイルカのお誕生会やって、えっと、やらかしたっていったら

「護衛置いてきてしまってごめん」
「そこじゃねぇっ、っつかそれもダメだわ。アンタ強いからあんま関係ないけどさっ」

だよね、護衛されるより反対に助けちゃった回数の方が多いしね。

「前々から言おうと思っていたがカカシ、護衛をオレにかえろ。アイツらじゃ足手まといだ」
「ずりーぞサスケ、それならオレだって護衛隊長やる」
「ちょっと、任務どうするのよ。ただでさえ人手不足なのに」

優しい子達だぁねぇ。先生は嬉しいよ。

「だぁいじょうぶ。まだまだ殺られるほど耄碌してないよ?それよりお前らは里の貴重な戦力なんだから仕事して?」
「そうだぞ。稼ぎ頭が火影になっちまって里の財政厳しいんだ。お前ら頑張れ」

うん、先生の言ってること正しいんだけど、なんか、ものすごく駒扱いだよね。受付からしたらオレ達、ホント銭稼いでくる駒なのね…

「そうじゃなくてっ」

イルカがビシリとオレに指を突きつけた。

「自覚ないからこの際きっちり言わせてもらいますっ」

思わず背筋が伸びた。

「カカシさんっ」
「はっはいっ」

「オレ以外に『しーっ』はやったらダメッ」

「はいっ…は…はい?」

「しーっ」をやったらダメ?って?
イルカは首まで真っ赤になってまくし立てる。

「オレだけにしーってしてくれてたのに、あんなどこの馬の骨ともつかぬ輩にしーっ、なんてっ」

ええっ?

「先生、馬の骨じゃなく報道の人達だってばよ」
「あの状況ではしょうがなかったんじゃないか?」
「やだ、イルカ先生、ヤキモチ〜〜」

えええ?

「とにかく、今後オレ以外にしーってしたらダメなんですっ」

真っ赤な顔でイルカは言い切った。
って、ええええ?イルカせんせ、ヤキモチなの?ホントに?

「うっ」

耳が熱い。顔も熱い。

「嬉しいっ」

がばっと抱きつけば両手でぐぐぐと押しやられた。

「皆の前でなにするっ」

ええええーっ、そりゃないよ〜〜

「じゃあ先生達、ごゆっくり。あたし達はこれで」

ほら、ナルトもサスケもサクラも遠慮して立ち上がってるじゃない。こうなったらやることは一つでしょ、ヤるだけだよね?

「何言ってんだ。こんだけ料理あるしケーキもある。オレ一人じゃ食いきんねぇだろ。さ、座れ座れ」

ああああ〜〜、アンタ、ホントに先生だねっ。
まぁ、こんなに料理も用意してもらったしケーキもあるし、お楽しみは後からでいっかぁ。

それからオレ達は飲んで食べて笑って、いい誕生会になった。
もちろん、三人が帰ってから夜のお誕生会もやったよ?当然でしょ。
翌朝早くナルトとサスケを連れて都に戻って祝賀会に参加した。宴会嫌いのオレが真面目に祝賀会で愛想ふりまいたのはもちろん、ナルトとサスケのお披露目のため。次期火影候補とその片腕だって早々に認めさせないとね。

後日、元ご意見番水戸門ホムラ様が統括している木の葉の里企画部門から「しーっ」って題名の写真集が発売されてイルカの機嫌が再び急降下することになるんだけど、いや、まさかオレの写真集だなんて思わなかったんだよ。六代目火影の責務とかなんとか言われてやたらとポーズとった写真撮られたんんだけどね。
なんか、限定フィギュアとかもあるって?神と呼ばれる都のフィギュア職人に作らせたって、しかもなにその恐ろしいお値段!なのに完売?

ますますイルカの不興を買ったかとビクビクしていたら、意外にも機嫌は直っていた。なんでも里の財政難が解消されたとかで、お手頃価格の六代目ぬいぐるみだのタオルだのハンカチだのマグカップだのってのも売り出されている。お手軽グッズに関わっているのがイルカだというから、なんかもう、あの可愛いヤキモチは夢だったんじゃないの?
そもそも木の葉の里長グッズが五大国に流通してるっておかしいでしょ。
買うの?自分とこの敵になるかもしれない里の長のグッズ、買うの?

「確かに、自分の恋人がプリントされているバスタオルでむくつけき忍びどもが体を拭くとか、ちょっとイヤですね」

えっ、そんなもんまで?
オレだってイヤだ。
いや、そうじゃなくて、ちょっとイヤって、ちょっとなの?ちょっとだけなの?

「じゃがうみの、六代目がプリントされているかいないかで売上が明らかにかわるぞ」
「ですねぇ。里の財政のためなら仕方ないですね」

仕方あるでしょっ。

「ホムラ様、いくらなんでもやり過ぎです。イルカも、ホムラ様にそそのかされてないでちゃんと本業の教師やりなさいよ。オレは反対ですからね。しーっ顔アップのタオルとかTシャツとか絶対反対、気持ち悪いでしょうが、なによりオレが気持ち悪いっ」
「何を言っとる火影。ブームが去る前に稼げるだけ稼ぐぞ。復興費用がこれで賄えるわ」
「復興費用なら別の方法で調達しますっ。とにかく、これ以上馬鹿げたグッズ販売は」
「カカシさん」

口布ごしにすっとイルカの人差し指がオレの唇にあてられた。

「しーっ」
「………」

もう好きにして。
しーっ、の威力、アンタの方が破壊力あるでしょ。
なんたってこのオレを黙らせるんだから。

再び販売戦略を練りはじめた二人にちょっと遠くを見てしまうオレだった。

 

 
 


 
  オフ本「しーっ」の二人です。くっついて後、火影となったカカシと教頭先生のイルカ。この頃、教務主任になったヒラマサ君は頑張ってナズナ先生を口説き落としたようです…