トリック・オア・トリートメント
 

          2019・ハロウィン小話

 
 

「よ、お疲れー。トリック・オア・トリートメント」
「は?」

10月31日、人もまばらな午後三時の受付所は一瞬、時を止めた。まばらとはいえ、職員以外にも人はいるのだ。その『時を止めた』張本人、シフト交代に入ってきた黒髪のアカデミー教師うみのイルカ中忍23才は己の発した言葉の影響には微塵も気づかずカウンター内の椅子にドカリと腰をおろした。隣に座る同期二人は思わずイルカを凝視する。

「なぁイルカ」

些細なことかもしれない。だがこれは確認しないと受付所の時は動き出さないだろう。

「お前今、なんつった?」
「ん?お疲れ」
「じゃなくその後」
「あぁ、トリック・オア・トリートメント?」

聞き間違いじゃなかった。思わず同期の二人はブンブンと手を横に振った。

「いやいやいや、イルカそれ、トリートだから」
「トリック・オア・トリートだから」
「知ってて言ってたら究極オヤジギャグだぞ?」

まだ若いのに、と思わず目頭を押さえそうになる。

「オヤジギャグねぇ」

だがイルカはふっふっふ、と不敵な笑い声をあげた。

「なーに、君達が知らないのも無理はない」
「上から来たぞ」
「お前ら何も知らないなオーラがハンパない」
「怒るな怒るな」

黒髪の中忍は手をひらひらさせた。

「実際コレは里の機密の一つかもしれないのだ」
「「はぁ?」」

里の機密をこんなオープンスペースで話していいの?という疑問は置いておかれる。

「実はな、同期のお前らだから教えるんだがな」
「おっおう」

居合わせた忍び全員聞いてるんですけど。

そう言いたいが黒髪の中忍は声を潜めるでもなく堂々と言った。

「世間一般ではトリック・オア・トリート、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、だよな。だがしかーし」

ビシリ、と人差し指を同期に突きつける。

「トリック・オア・トリートメント、これは暗部独特のものなんだ」

「………はい?」

「暗部って甘いもの嫌いな人、多いらしくってさ。だからお菓子貰っても困るだろ?」
「……………」
「だから代わりにトリートメント。過酷な任務続きだと誰かにトリートメントしてもらうって最高なんだってさ」
「………………」
「オレもさぁ、下忍になった時に助けてもらった銀髪暗部さんに教えてもらったんだ。普通は知らねぇよなぁ」

うんうん、と一人腕組みして頷く黒髪の方へ思わず同期二人は身を乗り出した。

「ちょっと待てイルカ」
「銀髪暗部さん?」
「あぁ、うん」

こくり、とイルカは無邪気にこたえた。

「そう、銀髪で狐面の暗部さん。名前知らないから銀髪暗部さんって呼んでる」
「いっいや、その、お前、トリートメントって」
「律儀な人でさぁ」

イルカはニコニコした。

「それからずーっとその人、ハロウィンになるとオレんち来てトリートメントしてくれんの」

へへへ、と照れくさそうに鼻の傷をかく。

「だからハロウィン翌日、オレの髪ってツヤッツヤよ、気づいてた?」
「イッイルカ」
「いっつもオレばっかトリートメントしてもらって悪いからさ、前にオレからも何かお礼って言ったら銀髪暗部さんがな、それは後々食べごろになったらって」

「「!!!」」

「食べごろって果物かなにか用意したほうがいいのかなぁ」

「イッイルカァ」
「待て、よく聞け、よく考えろ」
「っつか気付けっ」
「あのな、イルカ、それはな」

「トリック・オア・トリートメント〜」

のんびりした声が受付所に響いた。ぎょっと戸口を見れば左目を額当てで覆い鼻の上まで口布をした銀髪の上忍が入ってきたところだった。

「カカシ先生」
「はい、こんにちは」

はたけカカシ上忍、今年からイルカが担任していた下忍を担当する上忍師である。写輪眼のカカシの異名を持つ凄腕のトップ上忍はゆったりとした足取りでカウンターへと歩み寄ってきた。

「カカシ先生、今、トリートメントって」
「ええ、オレも暗部でしたから」
「そうですよね、ほら、お前ら、だろー」

だろー、じゃねぇよ、バカイルカ

なんだか話が見えてきた。

この上忍、銀髪ですよねーーー!

何故このバカは気が付かないのか。
だがターゲットであるこの鈍感中忍はにこやかにカカシと会話している。

「カカシ先生は上忍の皆さんと何かパーティでも?」
「いえ、特には。でもイルカ先生」
「はいっ」

「今夜はサプラァ〜イズ、か・も」

「え?」
「ま、それは後のお楽しみとして」

ニコリ、と柔らかく笑う。

「ええー、教えてくださいよ、カカシ先生」
「皆さんもね」

すぅっと冷えた眼差しが受付所を見渡した。

「トリック・オア・トリート」

「「!!!」」

ここにいるイルカ以外の全員が理解した。

悪戯かお菓子か。
邪魔をして制裁を受けるか、沈黙して褒美を貰うか。

「じゃ、オレはこれで」
「はい、お疲れ様でした、カカシ先生」

ひらり、と手を上げ踵を返す上忍にイルカが会釈した。同時に受付所カウンター内の同期二人が立ち上がって最敬礼する。

「「つつがなく事が運ぶようお祈り申し上げておりますっ」」

居合わせた忍び達もそれにならった。

「「「はたけ上忍、上首尾に終わりますことをっ」」」

「え、どうしたんだよお前ら、カカシ先生、報告書出しにきたんだぞ?何が上首尾なんだ?」

黒髪の中忍だけがぽかんとするなか、皆のポケットの中にはいつの間にか木の葉帝国ホテルハロウィンバイキングのチケットが入っていた。

ハロウィン翌日、急遽うみのイルカの欠勤届が出されたが、何故かシフト変更と授業の振替は終わっており、誰も文句を言うものはいなかったとか。


トリック・オア・トリートメント  おわり

 
 


 
  えっと、なんか、すいません…