「すまんっ」
居酒屋の前でガバリ、と男は頭を下げた。
「実は明日の任務、オレはいれていないんだ。」
「「「「「えっ」」」」」
「オレは戦線を離脱する」
「「「「「えぇっ?」」」」」
うみのイルカと同期の中忍達五人は呆然と男の下げられた頭をみつめた。男は絞り出すように言う。
「隠していたわけじゃないんだ。本当に急に決まって、オレも意外だったっていうかびっくりしたっていうか」
「おっおい、マジかよ…」
同期の一人が頭を下げ続ける男の肩に手をかけた。
「お前、もう一緒に任務でないのか?」
「すまんっ」
別な中忍がどこか呆然と言う。
「オレ達とはもう…」
「本当にすまんっ」
一声叫ぶと男はぴょい、と顔をあげた。
「明日の夜はシェ・猿飛のレストランに予約いれたんだ」
にへら、と笑み崩れる。
「ってことで、『聖なるD中忍団』諸君、明日は任務、がんばってくれたまえ」
にやけたまま男はシュタ、と手をあげた。そこでようやく、中忍達は我に帰る。
「てっめぇ、コノヤロ」
「来年は戻って来いっ」
「オレ達はいつでもまた受け入れてやるぞ」
「や〜なこった」
わははは、と男は足取り軽く駆け去っていく。中忍達は拳を振り上げ口々に怒鳴った。
だが、ヒラヒラ手を振る幸せな背中が見えなくなった途端、シン、と静寂が落ちた。
居酒屋の前の通りをひょお、と北風がふきすぎる。誰かがため息をついた。
「アイツ、いつの間に彼女出来たんだ?」
「急に決まったって…」
「……いいなぁ」
「うん…」
ひょお、と再び風が中忍達の間を吹き抜け、皆は体を震わせた。
「おいおい、暗い顔してんじゃねぇ」
そこへ明るい声が響いた。黒髪を頭のてっぺんで一つ括りにした中忍、うみのイルカだ。
「オレ達『聖なるD中忍団』初の退団者だ。目出たいじゃねぇか。今夜はアイツの幸せに乾杯しようや」
イルカはバシバシと同期達の肩を叩いた。
「それに、オレ達だってアイツみたいに未来が開けるかもしれねぇだろ?」
鼻の上を大きく横切る傷を指でかき、イルカはにか、と笑った。
「とりあえずここは寒いし中、入るぞ。今夜はアイツの祝いとオレ達の任務達成前祝いってことで派手にやろうや」
「おっしゃ、イルカの言う通りだ」
「飲むぞー」
「聖なるD中忍団万歳」
一気に場が盛り上がる。万歳万歳と気炎をあげながら中忍達は居酒屋の暖簾をくぐった。
そう、彼らは『聖なるD中忍団』クリスマスイブを支える陰の男達だった。
火の国に異国の神の祝祭が伝わったのはそう遠い昔の話ではない。この華やかな祝祭は信仰を抜いた形であっという間に定着した。当然、火の国の中にある木の葉の里でも大きな盛り上がりをみせ、特に家族持ちや恋人達にとっては重要な行事となっている。
しかし、盛り上がる大きな行事ということは、それに関連したお手伝い任務依頼が増えるということだ。
もちろん下忍が担当するべきDランク、だがいかんせん、数が多かった。特に火の国の都にある洋菓子店やレストランからの依頼が多い。
里長の温情により家族持ちの下忍はクリスマスイブの任務からはずされるので、どうしても人手が足りなくなる。そこでツケが回ってくるのは独身中忍達だった。
当然、恋人なしで若い中忍から任務をあてがわれる。そしてうみのイルカとその同期達は中忍になって以来、毎年欠かさずクリスマスイブ任務を拝命してきた。
彼らはクリスマスイブ前日、十二月二十三日に居酒屋で集い、独り身の侘しさを慰め合いつつ翌日の任務達成を誓い合うようになったのだが、誰が言いだしたか、いつしか彼らは『聖なるD中忍団』と名乗るようになっていた。
つまり、聖なる夜クリスマスイブにDランク任務を受ける中忍、という意味である。
「でぇ、本日の議題であるがぁ、我ら同期に限らず、広く団員を募るべきとの意見が同志、うみのイルカ氏から出されておーる。諸君の意見はいかに」
茶髪のアカデミー同僚、ヒラマサがビールジョッキをかかげた。
「あ、言っとくけどオレ、議長でも団長でもねぇから」
「いっそ団長になっちまえよ、そんで永年団員だぁ」
「うるせぇ」
飛んだヤジにヒラマサは顔を顰めた。
「とにかく、イルカの提案についてはどうよ」
「賛成賛成、仲間は多い方がいい」
本音だ。
「上忍とか特上は?」
「却下、団員は中忍に限る」
すかさず声をあげたのは提案者うみのイルカだ。
「アイツらがDを受けんのはただの酔狂じゃねぇか。オレ達はそんな遊び感覚でクリスマスD任務を受けてるわけじゃねぇ」
「そうだそうだ」
「D中忍団はもっと重てぇんだぞ」
同意の声があがった。
「アイツら、独りモンでも花街にいける身分だもんなっ」
ぽろっと出た本音に場が暗くなる。イルカがどん、ビールジョッキを置いた。
「花街には行けなくとも我らD中忍団には仲間がいる。絆だ絆っ」
「そうだ、絆だ」
「かんぱーいっ」
「すんませーん、生3つと焼酎」
「豚トロ串とカシラ追加ねー」
ワイワイと飲み食いが始まる。話題は明日の任務のことになった。
「え、じゃあお前、今年もトナカイになんの?」
「なんか知んねーけどよ、オレのトナカイパフォーマンス人気あったんだと。去年に引き続き御願いしますだって」
去年、都のショッピングセンターのイベントでヒラマサはトナカイの着ぐるみを着た。元々人のいいうえ、アカデミー教師であるヒラマサは子供の扱いは得意だ。随分と好評で今年は指名任務となり臨時収入アップだ。
「カップルがいちゃつきながらオレの頭とか撫でてくんのはムカつくけどよ、まぁ、銭と思ってだな、銭だ銭」
「指名ついたらDでも報酬跳ね上がるもんなぁ」
「もしかしてソレ、お前の天職かもしんねぇぞ。彼女出来ても断れなくなったりしてな〜」
わはは、とイルカが笑う。
「んなわけあるかぁ」
ヒラマサは両手を突き上げた。
「オレぁ彼女出来たら、トナカイの頭、ゼッテー撫でにいってやるんだぁ」
去年、相当悔しかったらしい。まぁまぁ、とイルカは黒じょかから焼酎を注いでやった。
「オレもよ、この数年、ずっと指名なんだよ」
「え?お前、着ぐるみ着てたっけ?」
中忍団面々の視線にイルカは首を振った。
「いんや、ただのサンタだ」
「踊んの?」
「踊らねぇ。ケーキ屋の前でクリスマスケーキ売ってる」
「ならなんで?」
全員の関心はイルカの任務に集まった。クリスマスケーキを店頭で売るだけなら別に割増料金のかかる指名でなくてもいいはずだが。当のイルカも首をひねっている。
「う〜ん、わかんねぇ。でもよ、こんだけ指名で同じ店に入ってるとさ、おなじみさんってのができんだよな」
「は?おなじみさん?」
「うん、毎年クリスマスケーキ、買っていってくれるんだ」
イルカは齧った豚トロ串を振った。
「オレが18ん時からだからかれこれ五年かそこらになるかなぁ。」
「え?お前、五年も同じ店でサンタやってんだっけ?」
「そうそう、最初の年と次の年はたまたま同じ店でのケーキ販売任務で、三年目にその店から指名はいりはじめたの」
「でもよぉ、イルカ」
同期の一人がガシ、と腕を回してきた。
「同じケーキ屋なら馴染み客がいるの、当たり前じゃん。クリスマスケーキはその店でって客、多いだろうしさ」
「そりゃまぁ、浜崎屋のご隠居さんとか愛染堂の女将さんとか、また今年もイルカ君に会えたねーっていうおなじみさん、結構いるけど」
いるのか…
思わず同期達は遠い目になる。このうみのイルカという男、同世代の女性にはとんと縁がないくせに、子供と年寄りには何故か人気だ。
「そうじゃなくてさぁ、なんかこう、違ってるっていうか、イケメンなんだ」
「イケメンなおなじみ?」
「うん、イケメンのおなじみさん」
一同きょとんとする中、イルカはイカリングをかじりながら首をひねった。
「ん〜、最初の年さぁ、店閉める時間になったんだけど一個だけ売れ残っちまって、でもそういうのってなんか、任務達成って気分にならないだろ?」
そんなもんか?と思うがここは突っ込むのをやめる。話を逸らすわけにはいかないのだ。
「雪降ってくるし寒いし、目の前歩いてんのはカップルでムカついくから声かけたくないし」
声かけろよ、任務達成したけりゃよ、と心の中だけで突っ込んだ面々は黙って続きを促した。イカリングはしゃべる邪魔になりそうなのでつくね串とさりげなく取り替えておく。
「んでな、誰かあと一つ、買ってくれねぇかなぁって一度空見上げてさ、わ〜、雪だ〜って」
「雪はいいから」
イルカのコップに焼酎が注がれる。
「んで?」
「オレが空見上げたのってほんの数秒よ、で、前見たらフードすっぽりかぶった若いのが立ってて、オレ、思わずギャって」
「いや、お前忍びだろ?」
「仮にも中忍だろ」
「仮じゃねぇ、真に木の葉の中忍だっ」
ぐっと胸を張るイルカを数人がはたいた。
「じゃなくて、気配わかんなかったのかって」
「それがわかんなかったんだって。ホント、いきなり目の前にいたからさ、オレも一応中忍だし?コイツ、もしかして敵の忍びかって一応懐に忍ばせといてクナイ掴んで」
「うん、イルカ偉い偉い、一応クナイは用意してたんだね」
「ま、そんだけ気配消せる相手って完全に格上だし戦っても負けるけどな」
「イルカが生きてるってことは敵じゃなかったんだ」
「ケーキ買ってくれた、最後の一個」
な〜んだ、と全員が脱力した。
「ただの客じゃねぇか」
「あほらし」
「まぁ、客だったんだけどさ、オレ、最後の一個が売れてすげー嬉しくて、ありがとうございましたーって言ったらその兄ちゃんがびっくりしたみたいに顔あげたの」
「そりゃお前の声がでかかったからだろ?」
どんな大層なドラマがあるかと思いきや、ただ若い男が最後のケーキを買っただけとは、期待した分損をした。同期達がてんでつまみを口に放り込んでいると、イルカがぶんぶんと手を横に振った。
「お前ら、見てないからそう言うがな、顔あげた時フードが脱げて、銀髪の超絶美形が現れた時のオレの驚きを考えてみろ」
「見てねぇからどーでもいい」
「美形の男なんてどーでもいい」
「これが綺麗なねーちゃんだったらドラマだけどよー」
だらぁ、と同期達は酒を注ぎ合い吐き捨てた。
「どーせその美形、女に買ってくケーキ調達しただけじゃねーの?」
「そーだそーだ、イブの夜にホールケーキ買う美形なんて」
「女とヨロシクやるために決まってるっ」
「ちくしょう、D中忍団のひがみ根性、舐めんなよっ」
かんぱーい、と同期達はグラスを打ち合わせた。だがイルカだけは神妙な顔のままだ。
「でもその銀髪美形、次の年もきたんだよ」
「そりゃ来るだろ、女がまたあのケーキ食べたいわぁ、くらい言ったろうしな」
「くそ、女の家へ行く途中に店があるんじゃね?」
「アタシ、今年はチョコレートがいいわぁって」
「けっけっけっ」
「D中忍団ばんざーい」
「残ってたケーキ、全部買ってった」
同期達が乾杯の手を止めた。
「全部?」
「いくつだよ?」
「ん〜っと」
しばらく上目遣いで考えたあと、イルカはぽんと膝を打った。
「確か十五個。前の年よりちょっと時間早くて、店じまいの一時間前だったっけか」
黒じょかから手酌で焼酎をつぐとイルカはとうとうとしゃべりはじめた。
「そん時もやっぱ突然目の前に立っててさ、じーっとケーキ見てんのな。だからオレ、声かけてやったんだよ。去年は最後の一個だったから選び様ないけどほれ、その時はまだ色々残ってたからさ、迷ってんのかなぁって思うじゃん?」
「おっおぉ、そうだな」
「迷ってんたんだ…よな?」
「だろ?だからオレ、こっちはチョコクリームで、こっちはブッシュドノエルってロールケーキみたいな形してるんですよって、お、サンキュ」
同期から焼酎を注がれイルカはぐび、とあおる。
「そしたらな、そのイケメン兄ちゃん、何か言うわけ。だけど声ちっちゃくってぜっんぜん聞こえねぇってか、お前ぇイケメンなんだからボソボソしゃべんのやめれってぇの。で、オレがさ、はいはい何ですかぁって耳を寄せたら、兄ちゃん、まっ赤になっちまって」
はい?
同期達は飲むのをやめて目の前のイルカを凝視した。焼酎をあおるイルカの弁に熱がこもる。
「それ、全部下さいって言うなり、どろんって消えたんだよ。目の前のケーキも全部どろんって消えてさ、凄い金額が机の上にのってて、オレ、慌ててお客さん、おつりーって叫んだんだけどもうそこらにいねぇの」
「………」
おつりと叫ぶ前にもっと驚くとこあんだろ、中忍レベルじゃケーキごと瞬間移動できねぇぞ、そう思うが余計なことは言わないでおく。
「………で?」
「うん、だからオレな、一応ケーキ代計算しておつりを封筒に入れて店主に事情話して預けたんだよ。でも結局その兄ちゃん、おつり取りにこなかったらしくて、だから次の年にさ、イルカ君、君が直接返してくれんかねって指名依頼になってさ」
「……その兄ちゃん、次の年、来たのか?」
「来た来た」
黒髪の同期は呑気に笑う。
「しかも今度は六時頃。お客さん他にもいたんだけど、オレ、おつり返そうと思ったから、他のお客さんのこと店主に頼んでさ、そしたら兄ちゃんもオレのこと、覚えててくれたらしくって、こんばんはって挨拶してくれんの。相変わらずちっせぇ声で、でも覚えててくれたっての、嬉しいじゃん。だからオレ、去年、おつりお忘れでしたよって兄ちゃんの手に封筒押しつけて、いつもありがとうございますって言ったら、茹で蛸みたいにまっ赤になっちまって」
「………」
「ありゃ相当上がり性とみた」
うんうん、とイルカは一人頷いた。
「あんま兄ちゃんがあわあわしてっからさ、ここはやっぱ店頭販売員として助け舟だすべきだろ?だからオレさ、去年はどちらがお気に召されましたか?今年は新作のフランボワーズもございますよって言ったら、いきなり全部下さいって叫びやがんの。でもよぉ、全部ったって五十個はあったんだぜ?まだ六時だし、だからオレもさ、お客様、五十個も大丈夫ですか?って聞いたら、まだ何かごにょごにょ言ってんだよ。でも全然聞き取れなくって、オレ、耳寄せて聞き取ろうとしたらいきなりどろん」
「………もしかしてケーキも?」
「おぉ、全部なくなってた。で、とんでもねぇ額が置いてあって」
「…………お前、またおつり、封筒にいれたんだ…」
「だから翌年も指名よ。でもよ、オレも流石に気付いたね」
「気っ気付いたのかイルカっ」
同期達は身を乗り出した。そりゃそうだ、ここまであからさまに好意を示されてはいくら鈍チンのイルカでも銀髪イケメンが自分目当てでケーキを買いにきたことくらいわかるだろう。
「オレだって伊達に中忍やってねぇよ。そりゃ気付くって」
カカカ、とイルカは笑う。そして真面目な顔になると、指を突き出した。
「ありゃ、相当なんてもんじゃねぇ。暗部レベルの手練だな」
そこかいっ
崩れ落ちそうになる同期達にイルカは重々しく頷いた。
「しかも時空間忍術使いだよ、間違いない。しかも大のケーキ好き」
どうだオレの分析力、と胸をはる男に何も言えない。ようやくヒラマサが口を開いた。アカデミーでいつも一緒だけに耐性があるのだろう。
「お前さ、その次の年も指名来たんだろ?で、そのイケメン兄ちゃん、どうした」
「それがさぁ、四年目のびっくり、聞いてくれよ」
聞いてるって、さっきから
だいぶ出来上がってきたイルカはぶんぶんと焼き鳥串を振り回した。
「オレもその店での店頭販売、四年目ともなりゃ、どこに何があるかくらいわかるってもんだ。で、サンタの服に着替えようって裏口の階段上りかけたらさ、見覚えのあるマントが店主のおやっさんと話してんの見えてさ、あれ、銀髪の兄ちゃん、今頃おつり取りにきたのかな〜って乗り出したら違ったんだ。別人、それ、誰だったと思う?」
「なんだよ」
「木の葉の暗部だったんだよーーーっ」
「あああ暗部ーーーっ」
「そう、兄ちゃんじゃなくて暗部、黒髪短髪で猫の面つけた奴だったの。ソイツさ、おやっさんに何か言って頭下げるとどろんって消えて」
「おっおう」
「にしても暗部もさぁ、そこらに転がってるようなマント着てないで、もっとこう、木の葉の暗部だって自己主張してもよくね?銀髪兄ちゃん、木の葉の暗部に間違われたらそれはそれで迷惑だと思うんだよな。兄ちゃんも相当な手練っぽいだろ?」
バカイルカ、その銀髪イケメンは木の葉の暗部だよっ
突っ込みたいがあまりにイルカが真面目な顔なので言葉にできない。
そうか、銀髪イケメンは暗部だったのか。おそらく店主と話にきたのは仲間の暗部だろう。だいたい内容は察しがつく。
「オレがさ、サンタに着替えて下、降りてったら、おやっさん、やったら上機嫌で、イルカ君、店頭ケーキ売れちゃったらご飯にでも連れていってもらいなさいって、オレを飯に連れてってくれる女がいりゃクリスマスイブ任務なんか受けてねぇっての」
「………」
「で、ちょっとムカつきながら店頭にでたら銀髪イケメン兄ちゃんがもう来ててさ。あ、丁度よかった、去年のおつりーって渡そうとしたんだよ。なのに兄ちゃん、受け取らないんだ。そんでなんかもぞもぞさぁ、聞こえねぇっての」
あああああ〜
他人事ながら頭を抱えたくなる。なんて意気地のない暗部だ。仲間が店主に話を通しにいくはずだ。
「で、オレも気が長ぇ方じゃねぇから、はい何ですかって聞いたら、兄ちゃん、飛び上がっちまって、そんでもってフランボワーズ美味しかったですって、それならそうとはっきり言えっつーの」
いや、言いたかったのはそんなことじゃないと思う…
「んで、またなんかぼそぼそ言うわけ、今夜がどうとか、レストランがなんだとか、オレちょっとムカついたね。イケメンのクリスマスの予定自慢聞いたって面白くもクソもねぇっての」
違う、イルカ、ソイツはお前をレストランに誘ってたんだ
「だからオレさぁ、とっとと行きやがれって思って、今年はケーキ、どれになさいますかぁって聞いてやったんだよ」
あああああー
「銀髪兄ちゃん、面白いくらいビシッって背ぇ伸びて」
イルカぁぁ
「全部下さいっていうなりまたどろんって」
哀れすぎて言葉もでない。当のイルカはどこかプリプリしている。
「店頭百個だぜ百個、どろんって、流石に他のお客さんの迷惑だろ。浜崎屋のご隠居さんの分、どーすんだよっ」
どん、とテーブルを叩く男はすでに酔っぱらいだ。
「まぁ、なんでか常連さんの分はおやっさんが中にキープしてたんだけどな。一瞬で任務終わっちまって、後予定ないオレにどうしろって、かえってやることなくて惨めだっつーの」
またおつりだし、その前のおつりも受け取ってねぇし
酔っぱらいはぶつぶつ文句を呟いている。
「で、今年が五年目ってわけか」
「そうそう、五年目、今年こそおつりを返すっ」
そうじゃねーだろイルカ…
その銀髪イケメン、どこをどう間違ってこんな鈍チンに惚れてしまったんだろう。そして、そんな手練で奥手な男に惚れられるってのは幸せなのかなんなのか、ともあれ、外野が手を出すとろくなことにならないのは確かだ。
「ま、がんばれイルカ…」
「明日、うまくいくといいな…」
「おぉ、オレは絶対おつりを返すぜっ」
うぉぉ、と焼酎のコップをつきあげる男を生温く見つめ、オレ達も早く彼女をみつけよう、と固く心に誓った『聖なるD中忍団』の面々だった。
「いいかい、今年こそ先輩に悲願達成してもらうよっ」
「うぃっす」
暗部詰め所から悲鳴とも怒号ともつかぬ咆哮があがった。
「もうあのケーキ地獄はいやっすーーーーっ」
最初の兆候は五年前だった。
甘いもの嫌いなはずのカカシ先輩が詰め所にクリスマスケーキを置いていったのだ。
暗部にも甘党はいるし、旨いケーキだったから、その時は皆、ありがたくそれをいただいた。
次の年はいきなり十五個だった。家族持ちの暗部が持ち帰ったり拷問部に差し入れしたりして、余ったケーキもそれぞれ違う味だったのでなんとか皆で全部食べた。
だが三年目のクリスマスイブ、突然五十個のクリスマスケーキが詰め所に出現したときには腰が抜けた。
わざわざ時空間忍術で送って来たばかりか、「完食しないとどうなるかわかってるね」と不機嫌極まりない式がくっついてきた日には、死んでも完食しなければならない。
捨てたり腐らせたりなんかしたら本当に消されると震え上がった暗部一同、必死になってケーキを配った。
孤児院、病院、思いつくかぎりの施設に配り、街頭で無料配布までしたが、なにせ送られてきたのがクリスマスイブの夜、一般家庭の皆さんはそれぞれケーキは調達済みで、全てを配ることはかなわなかった。
家庭持ちの暗部が嬉々として引き取っていった後、それでも残ったホールケーキは泣く泣く後輩達が腹におさめた。しばらくケーキは見たくない、そう思っていたのに…
「すまない、僕の詰めが甘かったばっかりに去年は…」
「テンゾウ先輩っ、そんな、オレらだって何もできなかったんスから」
あのケーキ地獄を避けようと去年、店主に話を通してカカシが中忍を食事に誘えるよう根回ししたのだ。なのに結果は惨敗で、暗部詰め所には百個のクリスマスケーキが山と積まれていた。
「戦場じゃあんなにふてぶてしいのに」
「普段だって図々しいを通り越して我が儘し放題のくせに」
「火影様だってお前は遠慮というものを知らんっていつも説教してんのに」
「「「なんで中忍の前でだけチキンなんだーーーっ」」」
店主がどうこうする前にカカシは中忍の前から逃げ出したのだ。しかも時間が早かったからケーキは百個、それが暗部詰め所に送りつけられた。
「去年は施設だけじゃどうにもならなくて一般家庭にも押し付けたっけ」
「居酒屋でも配った」
「火影様にもご意見番にも配った」
「囚人にも差し入れたっけ」
「「「でも余ったんだーーーっ」」」
配るといってもちゃんと食べきってもらわなければ先輩からどんなお仕置きがくるかわからない。一人一個押し付けるなんて暴挙には出られず、確実に喜んでもらえる人達に配るというスタンスが仇となり、配りきれなかったケーキはいくつだったか、それこそ必死で食べたから覚えていない。なんだか一生分のケーキを食べた気がする。
「秋道さんちにがんばってもらってもあれだけ余ったんだ。今年、同じ徹を踏むわけにはいかない。いいね、力づくでもあの中忍には先輩と食事に行ってもらう」
「うぃっす」
「先輩が全部下さいって言う前に手を打つよ。店の主人には?」
「すでに話は通してありますっ」
「常連の爺さん、婆さん達には先輩が逃げないよう周りを固めてくれるよう御願いしておきました」
「よし、念のため、僕も先輩の横でサポートにはいる。君達はあの鈍ちん中忍の確保を」
ぴし、と暗部全員に緊張が走る。
「散っ」
音もなく暗部達は散った。ある意味、Sランク任務よりも過酷なミッションが始まる。聖夜の奇跡を誰よりも祈っているのは木の葉の暗部達に違いなかった。
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