続・そして好きだと言ってくれ






目覚めるとレオリオの姿はなかった。
そしてクラピカはひどく落ち込んだ。





飛行船の窓から白い朝日が差し込んでいる。独り、目の覚めたクラピカはもたれていた壁から身を起し、大部屋を見回した。まだ眠っている者もいれば、身支度を整えて部屋を出ようとする者もいる。次の試験会場に到着するまでまだ余裕があるせいか、皆のんびりとした雰囲気だった。


レオリオ?


隣で眠っていたはずの男の姿はどこにもなかった。

漠然と、目覚めたら隣にいてくれると思い込んでいたらしい。一人取り残されていることにショックを受けている自分が滑稽だった。


馬鹿か、私は…


だが、クラピカがそう思ったのも無理はない。夕べ突然、レオリオからキスされたのだ。深夜の食堂で、夜景を見つめていたらいきなり抱きすくめられて口づけられた。しかも、とうのレオリオは驚きで呆然とするクラピカを置いてさっさと姿を消したのだ。


どういうつもりなんだ。


我に帰ったクラピカが問いつめようと追いかけたら、この大部屋で狸寝入りを決め込んでいた。わざとらしい寝姿に腹が立った。罵ってやろうと思った。

だが、その顔を見つめているうちに、胸を満たしたのは怒りよりも愛しいという想いばかり。クラピカはレオリオにずっと恋をしていたのだ。





レオリオが好きだと自覚したのはいつだったか、貧しい人を診る医者になりたいと真摯な目で話してくれたときかもしれない。

ただ、クラピカはこの恋を打ち明けるつもりもなかったし、叶うとも思っていなかった。レオリオは根っからの女好きで、一緒に行動していてそれはイヤというほどわかっている。男の自分に抱いてくれている好意はあくまで仲間意識だ。


だから諦めようとしたんだ…


所詮、自分は復讐者だ。人並みな感情も幸せもとうの昔に捨てている。クラピカにとって初めての恋も、胸のうちで枯らしてしまおうと決意したばかりだったのに。


キスなどされたら諦め切れないではないか…


とにかく話をしよう、そう思ったクラピカはレオリオの姿を探すために立ち上がった。





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廊下に出ると、大きな窓ガラスから空が見えた。白い雲が日の光に輝いている。その眩しさにクラピカは目を細めた。

「クラピカーッ。」

元気な声が響いた。

「ゴン、キルア。」

廊下の向こうからやってくるのは、船の上で一緒になったゴンと、一次試験から合流してきたキルアだ。クラピカの口元に笑みが浮かぶ。

「クラピカ、朝寝坊だねーっ。」

にこにことゴンが無邪気な笑顔を向けてきた。

「朝飯、まだだろ。食堂いかねぇ?」

ポケットに手を突っ込んだままキルアがぶっきらぼうに言う。

「オレ、結構ハラへってるんだよね。」
「すまない、待っていてくれたのか。」

クラピカが微笑むと、キルアはふいっとそっぽをむいた。

「別に待ってたわけじゃないけどさ。早く行こうぜ。」

素っ気無い態度にも親近感が滲み出ている。それがクラピカには嬉しかった。それからふと、違和感を感じる。この二人がいるのに、何故レオリオがいないのだろう。

「…その…レオリオ…は?一緒じゃないのか?」

躊躇いがちに聞くクラピカに、ゴンがきょとんとした顔を向けた。

「え?クラピカが一緒じゃなかったの?」
「オレら、朝からみてねーけど。」

キルアも訝しげに答える。ゴンが呑気に言った。

「トイレじゃない?先に食堂で待っていようよ。」

ゴンがクラピカの手を引いて歩き出す。

「そのうち向こうから来るって。」

キルアもあまりレオリオのことは気にしていない。

「そう…だな、そうだろうな…」

そう、ただ早く目が覚めただけなのだろう。気にする事はない。そのうち、レオリオの方からやってくる。

クラピカも気を取り直して食堂へ向かった。








食堂にも喫茶室にも、レオリオの姿はなかった。三人はとりあえず朝食をとることにする。

「きっと先に食べちゃったんだろうね。早起きしてお腹すいたんだよ。」

卵を頬張りながらゴンが言った。ソーセージを口に放り込んでキルアが口の端をあげる。

「どーせまた女でも口説きにいってんじゃねぇ?」

ずきっ、とクラピカの胸に痛みが走る。お子さまコンビはもうレオリオのことから関心が逸れて、今日一日、何をして遊ぶかの相談をはじめていた。

「ねぇ、クラピカも行ってみようよ、今度は動力室や機械室、探検にいこうと思うんだ。」
「…えっ。」

クラピカが目を丸くすると、キルアが口に指を当ててシーッとゴンを牽制した。

「バカ、でっかい声でいうなって。バレたらやばいだろ。」

ゴンが慌てて声を潜める。

「そっそっか、そーだね。で、クラピカも行こうよ。」
「い…いや、私は…」

クラピカは苦笑いした。

「私は本を読んでいるよ。」
「そっかー、じゃ、僕達、探検してくるね。」

残りの朝食をかきこむと、ゴンとキルアは立ち上がった。

「見つからないよう祈っている。」

クラピカはくすっと笑って片手を上げた。二人はニッと笑い返すと、鉄砲玉よろしく食堂を飛び出していく。その背中を見送ったクラピカも、自分の皿を片付け立ち上がった。食欲はあまりなかったが、体力をおとすわけにはいかない。トレイを戻す間、食堂のあちこちに目をやったが、レオリオの気配すら感じる事はできなかった。






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おかしい…



クラピカが不審に感じはじめたのは、十時をまわろうかという頃だった。

たしかに広い飛行船ではあるが、受験生の動ける範囲は決まっている。それなのに、レオリオの姿が見えないのだ。ゴンやキルアのように探検に出かけたわけではあるまいに、どこを探してもレオリオはいなかった。


私を避けているのか…?



クラピカの疑問はすぐに確信に変わった。

廊下の先の飛行船デッキにチラリと黒い影を見つけたクラピカは、すぐにその後を追った。長身のダークスーツ、確かにレオリオだ。レオリオはデッキの階段を昇ろうとしていた。

「レオリオ。」

後ろから声をかける。かなり離れていたが、十分声は届いたはずだ。その証拠に、レオリオの体が一瞬ぎくりと固まった。クラピカは足を速めた。もう一度、声をかける。

「レオリ…」

名前を呼び終わらないうちに、レオリオはさっと身をひるがえしてデッキから別の部屋へ通じる廊下へ姿を消した。
クラピカは愕然とした。


避けられた…


衝撃でしばらくそこから動けなかった。


レオリオが私を避けた…


頭が真っ白になる。呆けたように立ち尽くしていたが、そのうち沸々と怒りがわいてきた。


何故私が避けられなければならない。理不尽な振る舞いをしたのはレオリオのほうだ。
いきなりキスしたくせに、
抱きしめてキスしたくせに。
キスなんてはじめてだったのに…


『悪かった…忘れてくれ。』


キスされたあとのレオリオの言葉が蘇る。顔をそむけ、レオリオは確かにこう言った。


『忘れてくれ。』


胸を抉られるような痛みが襲った。


残酷な言葉をさらりと言った男、それが今度は、私の顔もみたくないというわけか。

カッと頭に血が上った。

「レオリオッ。」

レオリオが消えた方向へクラピカは走る。レオリオを詰ってどうなるとものでもない、そう頭ではわかっていたが、怒りが体を突き動かした。

とにかく、どういうつもりか聞いてやる。

「レオリオッ。」

廊下の角を曲がると、意外にもレオリオはそこにいた。
ただ、女と一緒だった。昨日食堂でレオリオが鼻の下を伸ばしていたグラマー美人だ。

「よぉ、クラピカ。どうかしたか。」

ハッと足を止めたクラピカにレオリオは呑気に言った。美女がちらっとレオリオを見上げる。だぁれ、と小さい囁きがクラピカの耳まで届いた。

「友達だよ、友達。」

レオリオは美女にニッと笑うと、クラピカにまた声をかける。

「今、この美人さんをお茶に誘ってたとこだ。クラピカ、お前も一緒にくるか?」

へらっとレオリオはだらしなく笑う。

「いや〜、飛行船の中じゃやることもねぇと思ってたが、色々出合いがあっていいもんだ、なぁ、クラピカ。」

クラピカはきゅっと唇を引き結んだ。大きな瞳でぐっとレオリオを睨みすえる。レオリオが息を飲むのがわかっった。だが、クラピカはそのまま踵を返す。振り向きもせず、一言言い捨てた。

「邪魔したな。」
「ク…」

レオリオが呼び掛けようとする気配を感じたが、クラピカはそのまま歩み去った。





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足取りが乱れないよう、いつもの歩調を保ったのはクラピカなりの矜持だ。


わかっていたことだ。


クラピカは胸のうちで呟いた。あのキスに意味などない。自分はレオリオに何を期待していたのだろう。


それでも、ファーストキスだと告げたら、やけに嬉しそうな顔をしたくせに…


不思議と怒りはわかなかった。ただ痛みだけが胸を抉った。


私の肩を抱き込むように眠ったくせに…


「くそっ。」


クラピカは廊下の壁を力一杯殴っていた。


レオリオを追いかけて、私は何を期待していたのだ。


口元に自嘲の笑みが浮かぶ。


滑稽だ…


窓から外に目をやる。雲が真っ白くキラキラ光を反射していた。


もともと捨てると決めた恋だ。今更なんの未練がある。


じっとクラピカは白い雲を見つめた。目の眩みそうな光にくらりとくる。


そうだ、この程度の痛みなど、一族の無念の前にどれほどの意味があろう。


クラピカはただ、己の愚かさだけを思い、じっと立ち尽くしていた。




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おおっ、イーヨ初の外道鬼畜レオクラかぁっ、って、んなわけないわな。しっかし、このシリアスな雰囲気が何回まで続くか、お笑い体質イーヨの試練ですな。
コミックオフ本、「そして好きだと言ってくれ」の続編です。とりあえず、ちゃんとくっつくまでの話、かいてないもんね。しばらく続きます。しっかり二人がくっつくまでおつきあい下さいませ。