『クラピカ』

暗黒街を仕切る黒服達の間で、その名はひっそりと囁かれる。ある時は純粋な恐怖、ある時は憧憬を含んだ畏怖の響きをもって。

冷たい光をたたえた青い双眸が濡れ、その端正な口元に笑みが浮かぶとき、辺りには死が満ちる。誰が言うともなく、いつしかこの美貌のハンターはこう呼ばれるようになった。

白い翼を持った死神…碧い死の天使





「…だそうよ、クラピカ。」
「なんだ、それは。」

不快そうにクラピカは顔をしかめた。

「それではまるで、私が殺人マニアか変態のようではないか。」

憮然とするクラピカにセンリツは笑いをこらえることができない。

「いったいあなた、何をしたの?」
「何って、カツアゲの現場に行きあわせたから少し懲らしめてやっただけだ。」

まぁ、多少むしゃくしゃしていたから八つ当たりした感は否めないが、とぼそぼそ付け加える。横に座っていたバショウがとうとう吹き出した。ソファの上で腹をよじる。

「そりゃ、クラピカ、その仏頂面がいけねぇんだよ。」
「……………」

理屈の塊のようなクラピカが珍しく反論できない。ひーひー笑い転げるバショウの隣でむっつり紅茶を口に運んだ。



ひょんな縁で仕事の同僚となったこの三人はノストラードのもとを離れても何かと組むようになっていた。旅団との一件でクラピカとセンリツの間には強固な信頼関係が生まれていたが、仲間内で生き残ったバショウも案外と気のいい信義のある人間で、最近ではクラピカのほうから仕事に誘うことも多くなった。今回も三人組んでの用心棒兼組員の訓練係りである。この時間、雇い主が屋敷で執務しているので、三人はやることもなく控え室で待機していた。


「ところで、ね、クラピカ。頼み事って何なの?」

カップを口に運びながらセンリツが何気なくいう。途端にクラピカの心音が跳ね上がった。センリツは驚いて顔を上げる。しかし、クラピカは表情を変えずに淡々と答えた。

「いや、たいしたことではない。」


それにしてはとんでもない音をたてているけど…?


じっとセンリツはクラピカを見つめた。仏頂面のまま黙ってクラピカは紅茶を飲む。


とくん、とくん…


センリツはふっと笑みをこぼした。


可愛い人、なんて甘い、ふわふわした旋律をかなでるのかしら。どきどき、わくわく、それから…ちょっと照れくさい?


「おい、諦めろや、クラピカ。」

バショウが苦笑いしながらクラピカを小突いた。

「おめぇがどんなに顔取り繕ったって、センリツにゃお見通しだって。」

みろ、笑ってンだろーが、そうバショウに言われてクラピカは気まずそうにセンリツを見た。にこり、と笑いかけるセンリツに今度こそクラピカは耳まで顔を赤くする。

「…その…だな…」

額に手をあて難しい顔をするが、頬を染めたままでは単に愛らしいだけだ。バショウがカップを持ったままぼけっとクラピカを見つめた。クラピカは大きな瞳を少し伏せ、消え入りそうな声を出した。

「その…しゃ…写真を撮って欲しいのだが…」
「…………写真?」

センリツは目をパチクリさせた。クラピカの心音が気の毒な程緊張の色を帯びている。でも、その底にさっきから流れる甘い旋律…

「いや、たいしたことではないのだ、本当に。ただな、その、あのバカが煩くて…だから、放っといてもいいのだがな、あのバカのいうことなど、しかしだな、誕生日のプレゼントにくれと言われては、そうむげにもできないだろう、誤解するな、けして私の本意ではないからな、断じてっ…」

ぽかんとしたセンリツにクラピカは必死で言い訳をはじめる。ことさら眉を顰め迷惑そうな顔をして、でもその心音は甘美な響きを増していき…

好き、大好き…

クラピカの心音が歌い出す。

愛してる、愛してる…

「あの人が写真欲しいって言ったのね。」

センリツは優しく微笑んだ。

「誕生日にあなたの写真が欲しいって。」

はっとクラピカは黙った。そしてこくり、と小さく頷く。

「…服を…この間の休みに…服を買ってくれたんだ…」

クラピカは何か思い出すような目をして微かに口元を緩める。それから慌ててしかめ面に戻った。

「学生なのにムリして…私に服を買いたいなどと…」

流れ出すあたたかな調べ。

「たまにしか帰らないのだ。私はあいつのお下がりでいいって言っているのに。」

喜びの鼓動があふれてくる。

「全く無駄なことが好きなのだから。」

泣きたくなるような切なさ…

「それで、その服を着た写真が欲しいとこの間から煩くて…今回、あいつの誕生日に帰ることができないから…」
「今撮りましょうか、クラピカ。時間あるし、私もその服を着たあなたを見てみたいわ。」

ね、あなたも、バショウ、とセンリツはにっこり笑った。バショウは苦笑いを返す。

「…お見通しだねぇ。」

あたふたと自室へ服を取りに行くクラピカの背中を眺めながらバショウは独りごちた。

今更だがな…

きっと自分はクラピカへの恋慕とその恋人への嫉妬の入り交じった心音をたてたに違いない。叶わない恋だということくらい、とうの昔に悟っている。だが、クラピカに愛されている黒髪の男がムカつく存在であることには変わりない。クラピカが愛しげに「あのバカ」と口にするたび、バショウの胸はキリキリ痛む。それでもクラピカが笑っていたらそれでいい。バショウは自分でもこんな献身的な恋をするとは思っていなかった。しかもいくら見目が可愛いとはいえ、男相手に。


我ながら、健気で泣けてくるぜ…


センリツは知らん顔で紅茶を飲んでいる。センリツのささやかな気遣いはありがたかった。心の中で小さくありがとう、と言ってみる。センリツがバショウを見て、またにっこり笑った。



☆☆☆☆☆☆



カチャリ、とドアが遠慮がちに開いた。隙間からクラピカが顔を覗かせる。

「なんだ、クラピカ、入ってこ…」

バショウの言葉は途中で途切れた。おずおずと全身をあらわしたクラピカにセンリツとバショウは息を飲んだ。


かっかっかっ可愛い〜〜〜〜っ


クラピカが着てきたのはレオリオの見立てた菫色のソフトスーツだ。常とは違う服装が気恥ずかしかったのだろう、クラピカは上目遣いに二人をみると、はにかんだような笑みを浮かべた。


ぐはぁっ、


バショウが思わず鼻を押さえて仰け反る。センリツの目が輝いた。


「まあっ、まあまあまあっ、クラピカ。あなたってホントに。」

それからはセンリツの独断場だった。

クラピカの持ってきたカメラを片手にそこへ座れ、ポーズはこう、バショウ、花瓶を横に置いて、とその場を仕切る。時折ぐっと拳を握っては可愛いわ、可愛いわ、と呟いていた。バショウはバショウで、センリツにこき使われながらもクラピカから目を離せないでいた。クラピカは大人しく言われるままになっている。ひとしきり写真を撮ると、センリツとバショウは顔をみあわせて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ねぇ、クラピカ。今度は皆で撮りましょうよ。」
「あ?ああ、そうだな。」

しばらくスーツを着たままあれこれされたクラピカは、普段の調子が狂ったせいか警戒心が薄れてすっかり素の顔をさらしている。にこり、と笑ってバショウの横に立った。ここぞとばかりにバショウはクラピカの肩を抱き寄せる。カメラのタイマーをセットしたセンリツがパタパタと並んだ。


ま、これくらいの意趣返しはな。


バショウはここにはいない恋敵にむかってにんまりとする。センリツも黙って微笑んでいた。



☆☆☆☆☆☆



三月三日、大学から帰ってくると手紙が届いていた。レオリオはやたらと分厚いその封筒を手にとってはっとした。

「…クラピカ。」

大急ぎで部屋に入り、封を切る。やはり、それは菫色のスーツを着たクラピカの写真だった。レオリオの頬が緩む。今日帰ってこられないことを、表面にはださないが随分クラピカは気にしていた。次の休みにお祝してもらうから気にするな、と言ってもあの生真面目な性格だ。レオリオの喜ぶ事を精一杯しようとがんばってくれたらしい。胸が暖かいもので包まれる。クラピカの気持ちがたまらなく嬉しい。

言ってみるもんだなぁ〜。普段だったら絶対こーゆーこと、しねぇ奴なんだけどな…

レオリオは幸せを噛み締める。リビングに腰をおちつけてレオリオは写真の束をめくった。

「ずいぶんあるじゃねぇか。」

ゆったりとソファに腰掛けるクラピカ、豪華な花を活けた花瓶の前に立つクラピカ、上半身アップのクラピカ、すでにレオリオの鼻の下はみっともない程伸びている。はらりと手紙が落ちた。にやけた顔をペシペシ叩いて、レオリオは手紙を開いた。

「親愛なるレオリオ…相変わらず堅っ苦しい奴だぜ。愛するレオ様、くらいサービスしてくれても罰あたんねーだろーになぁ。」

上機嫌である。なんだかんだ言ってもオレ様、愛されちゃってる〜、と緩み切った顔のままレオリオは手紙を読み始めた。


『親愛なるレオリオ。

誕生日おめでとう。
約束の写真を送る。センリツが撮ってくれたのだ。彼女には色々と手間を取らせてしまった。私だけのスナップの後、彼女達とも記念写真を撮った。たまにはいいものだな。センリツはお前の服の見立てを誉めていたぞ。似合っていないわけではないのだな。今月の末に少し休みがとれるかもしれない。その時にあらためてお前の誕生祝いをしよう。また連絡する。
                                           クラピカ
追伸
記念写真を撮った後、雇い主のところのボディガードは全員、菫色のスーツを着用する規則が出来たのだ。意外なところでお前に買ってもらったスーツが役に立った。レオリオ、感謝している。』



ボディガードの制服が菫色のスーツ?


変なことをする雇い主だぜ、とレオリオは他の写真をめくって目を剥いた。センリツとクラピカともみあげ男が写っている。

「記ッ記念写真ってこいつかっ。」

もみあげ男はまるで抱き込むようにクラピカに腕をまわしている。


人の恋人になんてことしやがる、イケ図々しい奴め。


吐き捨てるようにレオリオは呟いた。にこにこ笑っているクラピカが恨めしい。そして次の写真に目を落とした黒髪の恋人は悲鳴をあげた。

「なっなっなっなんだ、こりゃーーーーっ。」

菫色のスーツに身を包んだクラピカのまわりに群がる黒服の男、男、男。一見して堅気に程遠い強面の黒服達がにこにこ笑いながらクラピカと一緒に写真におさまっているのだ。そういう写真がメンツを代えて何枚も。とどめに、雇い主なのだろう、仕立てのいい服をきた年輩の男がこれもまたにやけきった顔でクラピカの隣に立っている。


これって、これって、これって…


写真を持つレオリオの手が震える。


制服をかえた目的はこれかーーーっ。


憤死しそうなレオリオの手の中で、写真のクラピカはどれも呑気に笑っていた。



☆☆☆☆☆☆



クラピカ…その名前が囁かれる時、変わらずそれは密やかだ。ある時は純粋な恐怖、ある時は憧憬を含んで。

クラピカ、死を呼ぶ紫色の閃光、菫色の光を纏った死神…




「…だそうよ。」
「またか…」


うんざりするクラピカにセンリツが呆れたような声を出した。

「今度はいったい何をしたの?クラピカ。」
「たんにウチの三下がからまれていたから助けてやっただけだ。」

ちゃんと仕事をしただけではないか、クラピカはむっつりと答える。

「にしてもなぁ…」

窮屈そうにバショウが首のこりをコキコキ鳴らした。現在の雇い主の意向で制服が変わった為、バショウも菫色のスーツを着ている。

「どーもスーツってのは肩がコってイケねぇ。」

クラピカ達が組の面々を訓練した成果がでてきたのか、今ではこの菫色のスーツの一団は暗黒街で最も恐れられる存在となっていた。

「まあ、来月契約が切れたらこの紫色ともおさらばできるがな。」
「あら、案外似合っていてよ、バショウ。」

センリツが柔らかく笑った。

「いっそオレ達三人が組む時の制服にしちまうか?」

バショウの軽口にセンリツとクラピカは顔を見合わせてクスクス笑った。


その頃、とある大学街の駅で血相を変えた黒髪の男が列車に飛び乗っていた。必死な面持ちのダークスーツの男が仕事場に乱入してくるのはそう遠い話ではない。

おわり
☆☆☆☆☆☆☆☆
ザ・パーフェクト・デイの続編にしてレオリオ誕生日記念ってことで。え?誕生日企画、用意してなかったから急遽、アップするためのファイルに誕生日つけくわえたって、いやぁ、やだなぁ、そんなことするわけないじゃないですかぁっ…
とっとりあえず、レオリオ、お誕生日おめでとう。