レオリオは書き続ける。


『そう思うと、オレは恐ろしくなった。桜の花の散る様が恐ろしくて、思わず枝に手をかけた。その途端、オレが揺らしたせいで、細い枝にへばりつくように咲いていた桜の花が一斉に花びらを散らしたんだ。オレは慌てた。まるでそれが命の終わりのように見えて、必死で枝を押さえた。しかし、枝を押さえるほど花びらが散る。恥ずかしい話だが、オレは泣きそうになった。傍からみていたらかなり滑稽な姿だったと思う。その時、焦るオレの鼻先を枝がかすめた。花びらを散らした枝の先が。』


「いや、実際、間抜けな姿だったんだがな、このオレが。」
伊達男もざまぁねぇ、レオリオは下をむいたままにっと笑った。


『オレが何をみたか、わかるか、クラピカ。思わず笑い出すところだった。オレの早とちりは相変わらずのようだ。花びらを散らした枝の先には、しっかり花のガクと雄しべ、雌しべがくっついていたんだよ。それはそうだ。花の後には実がなるのだから当たり前だ。花びらは散っても実をつけるための部分はしっかりと枝にくっついていているわけだ。しぶといよ。そして、お前も同じくらいしぶとい奴だったと今さらながら思い至ったオレはどうしようもないうっかり者だ。』


レオリオの表情は穏やかになっていた。口元には微笑みが浮かんでいる。


『お前はオレとともに生きていくと約束してくれた。だからオレも、何があっても生きて、花びらが散った桜のようにへばりついてでも生き抜いて、お前の隣に在り続けよう。そしてこれからも、たとえ同じ場所にいられなくても、花とともにお前の誕生日を迎えよう。お前が生まれてきた事に感謝して、お前と出会えた事に感謝して。クラピカ、誕生日おめでとう。お前を愛している。どうか、無茶をせず、体を大事にしてほしい。会える日を心待ちにしている。お元気で。さようなら。
                                      草々』


「四月四日、クラピカ様…レオリオっと。」

レオリオはペンを置くと便せんを手にとって読み返した。
「うっわ〜、オレじゃねぇって。こんなもん、絶対クラピカにゃ見せられねぇな…」
赤くなって、それでも満足気に便せんを眺めていると、玄関の呼び鈴がなった。
「あ〜、はいはい。」
レオリオは無造作に便せんを机に置くと、玄関へ向かった。





☆☆☆☆☆☆





クラピカはわくわくしていた。
本当は帰るのを諦めていた、しかし、どうしてもレオリオのそばにいたかった。何故なら、一緒に生きると誓いあってから迎える初めての誕生日だったから、レオリオに祝って欲しかったのだ。
無理矢理時間を調整して、やっと2日の休みを手に入れたクラピカは、深夜、列車に飛び乗った。日付けが変わる頃、レオリオからメールが届いた。
そして昼過ぎに、やっとレオリオの部屋にたどりついた。


帰ると連絡しなかったから、怒るかな…


イベントに弱い男だから、誕生祝いの準備も何もしてねぇと騒ぐに違いない、くすっと笑ってクラピカは玄関の呼び鈴を押した。
案の定、思いもかけない恋人の姿にレオリオは大喜びした。目を見開き、それからぎゅうぎゅう抱きしめてくる。クラピカも広い背中に手をまわし、久しぶりに感じる男の香りと温もりに体をあずけた。レオリオが耳元で優しく囁く。誕生日おめでとう、それから二人はうっとりと唇を寄せあった。

思いのほか長く熱くなった口付けのせいで、二人はしばらくソファに倒れこむはめになっていた。春の午後の明るい陽射しに、露な肌が少し気恥ずかしくなった頃、レオリオの大騒ぎが始まった。
誕生日の支度、何もしてねぇ、ああ、なんだって連絡しねぇんだ、買い物いってくるから、いや、それよか良いところに連れていってやる、花見だ花見、ちょっと待っててくれ、準備するからシャワーでもあびて…
急いで服を着込むとレオリオは台所に飛び込んでいく。散らばった衣服を手にとりながら、クラピカはくすくす笑った。


やっぱり騒いだ。


服を掻き集めてソファから立ち上がったとき、開け放した窓から春の風が吹き込んだ。机の上から紙が数枚、クラピカの足下にぱらぱら舞いおちる。そしてクラピカはそれを拾い上げた。





「おっかしいなぁ。」
レオリオは机の上をひっくりかえしながら首をひねった。クラピカへの出す予定のない、しかし、本心を書き綴った手紙がみあたらない。
確か机の上に置きっぱなしだった。宛名だけを書いた空の封筒を振りながら、レオリオは一人ごちた。
「まさか、そんなはずはねぇよな…そんな時間なかったし…」

クラピカがあの手紙に気付く機会はなかった筈だ。ソファで抱き合った後すぐ、クラピカはシャワーを浴びて、自分がワインとチーズ、それからピクニックセットを持って台所から出たと同じくらいに風呂から上がってきた。そして桜を見に行った。サンドイッチとケーキを途中で調達して、花の下で誕生日を祝った。帰ってきたらそのままベッドへ直行で、結局朝まで愛しあって、夜までに戻らなきゃいけないクラピカは仮眠もとらずに列車に乗った。

「机の側に寄る時間なんてなかったよなぁ…」

別れ際を思い出して、レオリオの顔がへろっとにやける。朝の出勤でごったがえしているホームのまん中で、クラピカがキスしてきた。いつもは人前で絶対にいちゃつかない奴なのに、しばらくレオリオの唇を吸い、優しく微笑んで『行ってきます』と言ったのだ。列車が出てしまってからも、レオリオは惚けてホームに立ち尽くしていた。大学へ行くと、たまたま見ていた友人がいて、さんざん冷やかされた。
「どっかに仕舞いこんだかなぁ。」
釈然としないまま、レオリオは手紙のことを忘れた。





クラピカの誕生日から二十日あまり経った頃、レオリオのもとに一通の手紙が来た。差出人の名前はない。薄紅の、がさがさした手触りの封筒を開けると、中からはらはらと零れ落ちるものがあった。濃いピンク色の柔らかい花びらだ。封筒と同じ風合いの便せんを開く。

それはクラピカからの便りだった。





『前略
 今、東の遠い国に来ています。ここは桜の花の国です。桜といっても様々な種類があるのですね。ここへ来て始めて知りました。綺麗な花びらでしょう。里桜といって、春の終わりに咲く桜なのだそうです。あなたと見た桜とずいぶん趣の違う花で、団子のように濃いピンクが固まって咲いているのですよ。こういうと、私は花より団子なのだろう、とあなたは笑うでしょうね。
レオリオ、手紙、ありがとう。あの日、春の風があなたの手紙を私に届けてくれました。ともに在りたい、それは私も同じです。ありがとう、レオリオ。私を知ってくれて、私を愛してくれて。
未練がましくへばりついてでも、私も必ず生き抜きます。生きてあなたと歩みます。そしてあなたが夢をかなえたら、そのときは二人で季節の花を追いましょう。花を追い、うつろう風を感じながら、二人で新しい夢をかなえていきたい。だから私は死にません。あなたのもとに帰ります。
そして来年もまた、花の下で私の誕生日を祝って下さい。あなたを愛しています。
                                  草々
         四月二十日
レオリオ様                                 クラピカ』





レオリオは首まで真っ赤になった。それから照れくさそうに黒髪をがしがしかくと、丁寧に花びらを集めて白い紙に挟み込んだ。
「来年も再来年も、ずっと祝ってやるさ、誕生日。」


たまにゃ手紙もいいもんだぜ、レオリオは嬉しそうに呟いた。





他人行儀な書き方で、かえって心は寄り添って行く。
面と向かうと照れくさくて言えない本音も伝えられる。

春の風の気紛れが、つないだ桜の花だより。移ろう季節の中で、二人の絆はしっかりとした実をむすぼうとしていた。           






Fin
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ゲロ甘!
いや、そーゆーのしか書けんのじゃがな。
それにしてもゲロ甘。

テニプリも読んでくれてる方なら判ると
思いますが、「花の風巻き」と同じ設定
です。
ピカ誕生日おめでとう記念というコトで。
例によって「今頃?」だけどな。